連載 はじめに夢ありき 第3回 凡人のビジョニングで、大きな夢を描く
「ビジョン」とは将来のありたい姿のこと。企業が人と組織のベクトルを合わせるうえで、「ビジョンを描く=ビジョニング」は重要である。しかし単に描くだけでは不十分。ビジョンによってベクトルが合い、組織の人々が動機づけられることが、ビジョンのビジョンたる所以である。
いま求められている「ビジョニング」とは何か
「ビジョンを描く」とよく言うが、一体これはどんなことを意味しているのだろうか。それは「こうしたい」「こうありたい」という将来の「ありたい姿」を描き、人と組織のベクトルを合わせ、動機づけることである。ビジョンを描くことの意味はここにある。単に描くだけでは不十分なのだ。ビジョンによってベクトルが合い、組織の人々が動機づけられること。これこそがビジョンのビジョンたる所以である。
では一体、いまなぜビジョニングが必要なのだろうか。主に5つの理由があると考えられる。一つは多様性だ。企業のグローバル化が進めば進むほど、そこでかかわる人々の間に多様性が生まれる。放っておけばバラバラになってしまう人々をつなぐものとして、共有できるビジョンが重要になってきている。
もう一つはイノベーションである。多様性にもつながるが、イノベーションを起こすには異質の組み合わせが必要だ。異質が組み合わせられ、そこにイノベーションが起きることを可能にする触媒は、やはりビジョンである。
3つ目は変化である。変化への行動を動機づけるとき、ビジョンは非常に重要だ。どんな企業でも、社内に変化を起こそうと努力している。そのきっかけとなるのはビジョンにほかならない。
4つ目は、人と組織に希望と勇気を与えるもの。これがビジョンである。名作『ライムライト』でチャップリンが、「人生には希望と勇気、そしてほんの少しのお金があればいい」と言ったが、混迷を深める現代にあって、企業にも希望と勇気が必要になっているといえる。
企業全体から個々の従業員、組織に目を向けたとき、ビジョンはブレイクスルーへの課題を見つける道しるべである。高いビジョンがあってはじめて、克服すべき課題が生まれる。課題展開の推進力がビジョンであり、ビジョンがなければ過去の成りゆきの戦略で仕事をこなす、といった状態に陥ってしまうだろう。
以上のことから、企業全体から見ても、個から見ても企業にとってビジョンは重要な役割を果たしている。特に日本企業が世界のトップランナーになった現在、新たなビジョニングへの必要性は今後ますます高まっていくだろう。ビジョニングができている企業とできていない企業の間で、大きな差が生まれているといっても過言ではない。
夢とロマン、そしてインパクト 人々を動かす崇高なもの
優れたビジョニングの事例を紹介しよう。古くは親鸞のビジョニングを例に上げることができる。浄土真宗の開祖となった親鸞は、「信仰は念仏だ」と主張した。これは日常生活のなかで念仏を唱えれば、誰でも浄土に行けるという非常にわかりやすいビジョンであった。親鸞はさらに自ら妻帯することで、身を以って「在家仏教」を示したといわれている。
戦乱に明け暮れた鎌倉時代、社会秩序は崩壊し、末法思想が蔓延するなかで人々は希望のない日々を送っていた。当時の人々にとって「念仏を唱えれば浄土へ行ける」というシンプルなビジョンは、力強い希望を与える言葉だったといえる。
私自身にとっても強烈なインパクトがあった例といえば、アメリカのケネディ大統領が示した「宇宙への夢」がある。彼は1960 年代の初頭に、「1960年代の終わりまでに人類を月へ送り込む」という壮大なビジョンを示した。アメリカはそれまでソ連との宇宙開発競争に遅れを取っていたが、NASAを中心に膨大な国家予算をつぎ込んでその巻き返しを図ったのである。
ケネディの政治的意図は、ソ連との競争に勝つことだったかもしれない。しかし彼は国民を説得するとき、そんなことは一言も言わなかった。「月へ人類を送り込む」という「全人類の夢」ともいえる大きな夢を示し、国民を崇高な憧れに駆り立てたのだ。1969 年、アポロ11号は月に降り立ち、結果としてソ連との競争に勝利を収めたのである。
経済の世界でいえば、日本を代表する企業ソニーを例にあげたい。ソニーは「真面目なる技術者の技能を最高度に発揮せしむべき、自由闊達にして、愉快なる理想工場の建設」という設立趣意書を明示した。現在ソニーは苦戦しているといわれるが、実はこのビジョンから外れてきてしまったことがその理由ではないだろうか。モノづくりの会社が、そこから離れてきたとき、原動力を失ってしまったともいえる。

