CASE1 イオン エントリーした学生全員が 就職を目指す仕組みづくり

今年、イオンは新卒採用の手法を見直した。自律型の優秀な人材を獲得するには、従来の数を集めるやり方から脱却しなければならないことに気づいたからだ。その一つとして、大規模説明会の代わりにスタートさせたのが、少人数の学生と膝を突き合わせるという顔の見える説明会。人材獲得競争のライバルは他業種のリーディングカンパニーだと言う人事本部採用グループマネージャーの服部春樹氏に、イオンの新卒採用における新たな挑戦について伺った。
6.38の有効求人倍率 学生1人を7社が争奪
2001 年からの3 年間、イオンは採用を凍結していた。景気の低迷が続く経営環境の悪化から退職勧奨する企業が少なくない中で、イオンは既存従業員の雇用を守るために雇用の入り口を閉じたのである。
イオンが、ジャスコからイオンへ、グループ名称もイオングループからイオンへと変えたのは、01 年8 月。それまでは会社の急成長に合わせて毎年1,000人以上もの新入社員を入社させていたと、人事本部採用グループマネージャーの服部春樹氏は言う。しかし、イオンが採用を再開した04年の新卒採用の予定数はわずか200名だった。
新卒に偏っていたこれまでの採用戦略を変更し、即戦力を求めたキャリア採用を充実させたからだ。そして、獲得する人材への期待値を以前よりも高く設定した。
イオンには総合職、エリア限定社員、コミュニティ社員の3つの人事コースがある。この時の新卒採用は、総合職を対象としたもの。将来は、グループ経営幹部、営業・商品・スタッフ部門の本部長・部室長、大型店店長あるいはゼネラルスタッフとして活躍してもらわなければならない。獲得したいのは、自分の将来の夢やビジョンを明確に持ち、高い目標に向かって全力で挑戦したいと考えている自律型人材だ。
人材獲得のハードルを高く設定したにもかかわらず、200名の予定数に対し04 年度の採用実績は250 名となった。この実績を受けて、イオンは翌05年の新卒採用予定数を600 名に設定。ところが、前年は順調だった採用活動が、この年は苦戦となってしまった。内定辞退者が続出し、600名の予定数は確保できたものの、揃ったのは秋を過ぎた頃になったのだ。内定を出したうちの半分が就職を辞退したためである。
なぜこのような事態を招いたのか。
「原因は、イオンが全国ブランドになって、われわれがその知名度を過信してしまったことにある」と、服部氏は答えた。
「そもそも流通小売業は、残念ながら学生の就職先としての人気は低い。長時間労働や休みが取れないといった現象は、何も流通小売業に限ったことではないのに、この課題は流通小売業界の特有のものであるかのようなイメージで捉えられているからです。それでも、04年度の採用活動がうまくいったので、イオンというブランドがあれば流通小売業であっても学生を十分惹きつけることはできると思ってしまったのです」
さらに、04年はまだ銀行や証券会社など、金融業の採用状況は今ほど回復していなかった。これが05年に一転したのだ。
「この煽りを受けたことも大きい」と、服部氏は言葉を重ねた。
そして今年、イオンの採用活動はさらに厳しい状況を迎えた。
新卒マーケットの有効求人倍率は、01年以降右肩上がりだ。今年は1.89 で、90年代初頭のバブル景気の頃に近づきつつある。しかし、これは全業種でみた数値。有効求人倍率を流通小売業だけでみると6.38 である。流通小売業に限って言えば、1 人の新卒学生に対して6 社、あるいは7 社の会社が名乗りをあげるということになるわけだ。
エントリーの数が多くても実際の採用には意味がない
大半の学生の就職活動はパソコンでエントリーボタンをクリックすることからスタートする。人気企業になれば当然、学生のエントリーの数は莫大となる。
「当社が採用を再開した2004年もエントリー件数は2万5,000 件程度あったのです。昨年、今年については3 万6,000 件を超えています」
04 年は200 名と採用予定数が少なかったこともあり、エントリー→会社説明会→選考試験→内定という就職サイトのスキームどおりのやり方でイオンは予定数を上回る採用ができた。
服部氏はこれを、業界のリーディングカンパニー・イオンの知名度があってこその結果だと考えていたのである。
しかし、600 人と採用予定人数が増えたこと、新卒採用の売り手市場が進んだことでうまくいかなかった05年度の経験を通じて、服部氏はエントリーの数がいくら多くても、自律型の優秀な人材の獲得はうまくいかないと気づいた。
「エントリーボタンを100 社以上クリックする学生がいるという現状を考えれば、エントリーの数には何の意味もないことは明白です。問題は、エントリーをした学生のうちの何人が、実際に会社説明会に参加するか。ただし、会社説明会に参加したとしてもそれが選考につながらなければ、意味はありません」
説明会に来ても、実際の試験選考を受けるのは3 割といわれている。残りの7 割に振り回されるようなやり方は無駄だと服部氏は思ったのだ。