My Opinion ―① ワークプレイス・ラーニング におけるIT を活用した 人材教育のフロントライン
Off-JT、OJT、自己啓発と、企業では人材育成施策に余念がないが、その教育を「いつ・どこで・どのような方法」で行うのかという視点から、ワークプレイス・ラーニングの重要性が注目されている。現在、もっとも先端にあるITを使った人材教育は、どのように行われているのか。また、どのような傾向にあるのかを、その実例と結果、将来性を通して東京大学・中原淳助教授に語ってもらった。
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ワークプレイス・ラーニング
ワークプレイス・ラーニングには様々な定義があるが、一般には“個人・組織のパフォーマンスを最大化する目的で実施される学習・その他の介入”をさす。研修などのフォーマルラーニングに加え、OJT に代表されるインフォーマルラーニングの重要性を指摘する。その原義は2000 年にロスウェル博士らが提唱した「ワークプレイス・ラーニング&パフォーマンス」にある。海外・国内ともに研究がはじまったばかりである。
人間の学びは、インフォーマルな場面で起きている
一般に、企業人材育成施策は
1)Off-JT
2)OJT
3)自己啓発
というように整理される。しかし、これら3つに対して人材育成担当者が均等に注力しているわけではない。研修・セミナーの実施を中心とするOff-JTには力を注ぐものの、OJTや自己啓発などは事業部まかせ、個人の努力まかせにしているのが現状ではないだろうか。
OJTや自己啓発は、Off-JT に比べてどこかつかみどころがない。何を、どのように支援したらよいのか、よくわかっていない。ゆえに多くの人材育成担当者は、Off-JT 以外のものを人まかせにしてしまう。
ところで、今、仮にOff-JTに代表されるような教室や研修室で行われる学習を、フォーマルラーニング(Formal Learning)と呼ぶことにする。一方、私たちの日々の生活や業務の中で起こる学習をインフォーマルラーニング(Informal Learning)と呼ぶことにする。
これに関して、最先端の学習科学を研究している米国LIFE Center は、興味深い事実を明らかにした。
人間のフォーマルラーニングは、幼稚園から18歳までに最も多くなる。それは、子どもたちは学校に通うためである。しかし、たとえそのときであっても、人間の学習の総量から考えると、フォーマルラーニングの割合は最大18.5 %にしかならない。それ以外の80%以上の学習は、インフォーマルの場面で起こっている。まして、学齢期以外、つまりは人が企業に入ってからということになると、ほとんどの学習は、インフォーマルな場面で起こっていることになる(図1)。効果的な企業人材育成を進めていくためには、研修室、セミナー室以外で起こる社員の学習を改善しなくてはならないのだ。
ワークプレイス・ラーニング
こうした背景のもと、近年、「ワークプレイス・ラーニング」という概念が、にわかに注目されている。その研究の先駆けであり、『企業内人材育成入門』(ダイヤモンド社)の編著者としても知られる教育工学研究者・中原淳助教授(東京大学・大学総合教育研究センター)は言う。
「ワークプレイス・ラーニングの定義は識者によって様々です。中にはいい加減なものもあるので、注意が必要です。一般的には“個人・組織のパフォーマンスを最大化する目的で実施される学習・その他の介入”のことをさします。(キーワード参照)また、ワークプレイス・ラーニングという概念には2つの特徴があります。まず1つ目の特徴は、個人や組織のパフォーマンスの改善を重視していることです。人格育成とか、人間力とか、そういう曖昧なものを目的にしているものでもなければ、業務に関係のない知識・スキルを獲得することを目的にしているものでもありません。知的生産性を向上させ、業績を向上させる。そのための手段がラーニングである、という明確な姿勢を打ち出しています。
さらに、ワークプレイス・ラーニングのもう1 つの特徴として、フォーマルラーニングに加え、従来軽視されてきたインフォーマルラーニングをキチンと支援しよう、という姿勢が挙げられます」(図2)
先に示したように、人間の学習の多くは、研修室やセミナー室以外で起こる。それなのに、ほとんどの企業はこれまで、フォーマルラーニングに投資しても、インフォーマルラーニングへの投資は微々たるものだった。OJTや自己啓発は大切だとは言いながらも、それに対する支援を十分行ってきたとはいえない。
「先に示したLIFE Centerの研究からもわかるように、これからはフォーマルラーニングに加え、教室以外で起こっている学習の支援にもっと力を注ぐべきです」
インフォーマルな学習を支援せよ
中原助教授の研究室では、現在、企業人材育成について様々な研究を行っている。とくに中原助教授が重視しているのは、インフォーマルな場面で起こる学習をいかに支援するか、ということである。OJT成功の度合いを診断する質問紙調査ツールなどを開発したり、企業の若手社員に対するインタビュー調査を行ったりしている。
このような「アナログな研究」に加え、中原助教授はデジタルツールの開発も行っている。mラーニング、いわゆる携帯電話などのモバイル端末を活用した学習も、中原助教授が重視しているものの1つだ。
「社会人には時間がありません。仕事中であれ、仕事を終えたあとであれ、彼らは、いわゆるスキマ時間を見つけて学ぶ必要があります。忙しい彼らに効果的に学んでもらう情報提示の手段として、モバイルには可能性があります。モバイル端末(携帯電話が主流)は既に90%以上の人が常に所持しています。24時間電源が入っていて、サプライサイドから常に情報をプッシュすることができるわけです。これは今までのPC にはなかったことなのです。将来の学習プラットホームとして非常に有効です」