企業事例 チッソ 新規事業創出をテーマに経営の厳しさを学ぶ 選抜型研修―人材塾―
失われた10年の後、ビジネスを牽引するリーダーの育成に本格的に乗り出したチッソは、2000年から選抜型コア人材育成のための“人材塾”をスタートさせた。
人材の底上げを目的としながら新規事業を創出し、その経営をシミュレーションするという画期的な取り組みを取材した。
リーダー不在の危機感が選抜型コア人材育成を実現
チッソがビジネスリーダー育成のための人材塾をスタートさせたのは、2000年である。景気の低迷が続いていた当時は多くの企業が教育費の削減を強いられていたが、チッソも同様だった。いわゆる管理職登用後の新任管理職研修は実施しておらず、ビジネスリーダー育成を目的とした教育も一切行っていなかった。ではなぜ、まだ経営環境が厳しかったこの時期、チッソは選抜型のコア人材育成に踏み切ったのか。
この問いに対し、人事部主幹、田内宏明氏は、「ビジネスを牽引するリーダーがいないという現実に直面したからです」と、答えた。
「当社は100年を超える歴史をもつ会社ですが、とりわけ昭和30年代に入社した社員は優秀で、強いリーダーシップを発揮しながら精力的に仕事をこなすといった方々でした。彼らには、人材育成の必要などなかった。問題は、彼らが定年退職した後。資質に加え、ビジネスリーダーとしての自負が自身を鍛えていた彼らの下で働く人々は、いつの間にか彼らに依存することに慣れてしまっていた。彼らがいなくなってはじめて、われわれは彼らに代わる人材が育っていない現実に愕然としたのです」
強いリーダーシップを自ら発揮できる人は、ビジネスリーダー育成の必要性など感じないのではないだろうか。退職した彼らも、自分たちの代わりになる人がいないなど、考えてもいなかったはずだ。
「限られた教育費を回してでも、次代のリーダーを育成しなければという強い危機感が、選抜型のコア人材育成の実施に踏み切らせたのです」と、田内氏は説明した。
人材の底上げを目的とするリーダーシップ研修
人材塾の目的は、次の経営層、つまり役員として活躍する人材を育成することにある。研修の対象はそのポテンシャルの高い人材でなければ、費用対効果は期待できない。そこで、受講者は各事業所から推薦してもらい、人事部で調整し、15~20名を選ぶこととなった。対象は、45歳前後の管理職登用前後の人たちである。
それまでチッソでは、教育は機会均等であるべきだという考え方から、選抜型の研修を実施していなかった。そのため、人材塾1期生ならびにその周囲には選抜されたことに対する過剰反応があった。
「将来が担保されたと錯覚されたのだと思います。そこで、2期生からはそのような誤解がないよう、人材底上げのためのリーダーシップ研修であることを強調しました」
実際、人材塾の存在は教育体系図に記されてはいるものの、人事部では社員に積極的に喧伝していない。それでも7回を重ねた事実から、成長意欲の高い社員にとっては参加したい研修となっている。
「選抜されなかったことで、仕事に対するモチベーションが低下してしまったという声も聞きます」と、田内氏は話す。これまで受講した120名の中から、すでに執行役員が4名登用されたことからも、研修の成果は着実に実を結んでいるからだ。