インタビュー 自分を見つめることが「人間力」につながる
作曲家であり、マリンバ奏者でもあるデュ・ボワ氏は、来日して大学で教えるうちに、日本人は根拠のない価値観で振り回されていることに気がついた。
現実を見つめて自分を知ることが、周囲の人を知ることにつながる。
これこそが「人間力」を育むことだという氏の考えを聞いた。
選択肢が多すぎて何をしていいのかわからない
音楽家の、しかもフランス人の私が日本のビジネスパーソンに向けてキャリアデザイン講座を開催している。そのそもそものきっかけは、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で学生たちに進路相談をされたことにあります。
私が来日したのは、1998年。その年からSFCの総合政策学部で作曲法を教えるようになりました。2、3年もすると学生たちとすっかり仲良くなり、さまざまな悩みを相談されるようになったのです。その多くが、どんな仕事に就けばいいのだろうか、といったものでした。
なぜ外国人である私にそのような悩みを打ち明けるのだろう。私が芸術家だから相談しやすいのだろうとは思いましたが、当初、このことにとても戸惑いました。フランスの学生は、経済を専攻していればマネジメントやセールスなど、学んだことに直結した仕事に就きます。なぜ、日本の学生はそうではないのか。大学で学んでいるのに、なぜどんな仕事に就くべきか、などということで悩むのか…。
最初は、むしろ専攻に縛られることなく好きな仕事を選べるならいいじゃないか、と思いました。しかし問題の本質は、選択肢が多すぎて何をしていいのかわからないという、不安定な状況に学生たちが陥っているということにあるのだと気づきました。彼らは、大学を卒業する段になってはじめて真剣に自分の将来について考える。そして自分がどう生きていくかは、自分で選択しなければいけないのだと思い知らされる。ここに彼らの不安の源泉があるのだと思いました。20歳を過ぎて自分の将来をはじめて真剣に考えるのは、あまりにも遅すぎると感じました。
将来の方向性を見据える力を育む
大学選びは本来、将来どういうことをやりたいのか、どんな仕事に就きたいのかを見据えた上で行うべきものです。ところが私には、日本の場合は大学に入学することが1つのゴールであると捉えられているように思えてなりませんでした。
さらに驚いたのは、日本では子供の教育に対して、母親が強い権限をもっているということです。母親は子供たちに「いい大学に入りなさい」といいますが、その「いい大学」という基準はきわめて曖昧です。その評価は、実際のキャンパスで行われていることではなく、その大学の評判によって決定されているからです。母親をはじめとする大人たちの思惑に後押しされて、学生たちはリアリティのない大学選びをしてしまう。こういった現状では、本来の意味での自立、さらに自律は育まれないと思います。
私は、親の役割は子供に将来の方向性を見据える力を身につけさせることだと考えます。社会の現実を知らしめ、世の中にはどういった仕事があるのかを教えるのは親の責任だと思うのです。大学は、目指すべき将来に必要な能力を鍛える場であるはずです。
私は、学生たちに将来の方向性を見据える力がないのであれば、大学の中でこれを身につけさせたいと考えました。そして誕生したのが、「パーソナル・キャリア・マネージメント講座」という、学生のためのキャリアデザインのクラスです。このクラスでは、学生に“キャンパスを飛び出して現実の社会を知る”という課題を与えました。結果、この講座を受講した学生とそうでない学生では、就職活動をスタートする時点で大きく差がついたのです。