My Opinion-② 縦から横のコーチングへ ナラティヴ・コーチングの可能性
コミュニケーション研修を望む声は多いが、それがコーチングと結びついていないのが現状ではないだろうか。
本来コーチングはコミュニケーション領域にかかわるもの。従来の上司・部下という縦関係のコーチングから、組織の壁を越えて人間関係を築く横のコーチングへと移行すれば、これからの組織に即したコーチングの形態になるのではないか。
コーチングに詳しいアクション・デザインの加藤雅則氏に寄稿いただいた。
日本の組織に合ったコーチングの形態とは
「18カ月、40%」。これは米国におけるエグゼクティブの退職率である。
「就任して18カ月以内に、40%の本部長クラスが退職する」という現実*1が、米国における旺盛なコーチング需要を支えている。
翻って、我が国のコーチングはどうであろうか?「何のためのコーチングか」という本質的な議論がなおざりにされたまま、これまで中間管理職のコミュニケーション・スキル、部下育成のツールとして、かなり偏って紹介されてきたのではないだろうか。その結果、最近では、残念ながら、コーチングに否定的な声も聞こえてくる。
一方、ここ数年、私に依頼される研修傾向をみていると、「コーチングはもういいのだけれど、コミュニケーション系のトレーニングは行いたい」というニーズは根強いものがある。「人間力」「マインドセット」「エンパワーメント」と名前を変えても、基本的には自己理解、他者理解というコミュニケーション領域にかかわるものだ。果たして、コーチングは日本の組織に定着する可能性はあるのだろうか。それとも、一時的なブームでその役割を終えるのだろうか。
日本におけるコーチングは、本来の流れを取り戻す必要がある。そのキッカケとして、従来型の上司・部下の「縦の関係」に活用するコーチングを「縦のコーチング」とすれば、私は、「横のコーチング」に可能性を感じている。「横のコーチング」とは、組織の壁を越えて、同じ立場のメンバー同士の横の関係をつなぐことを目的としたコーチングだ。縦のコーチングから横のコーチングへ――本稿では、日本の組織に適したコーチングの形態を模索していきたい。
個人の物語を紡ぐ対話のOS
「コーチングは組織における対話のOSである」
これは私の経験的なスタンスである。OS(オペレーティングシステム)とはパソコンを動かすのに不可欠な、Windowsのような基本ソフトのこと。さまざまな組織内の具体的なテーマをソフトとして、それぞれの立場、役割を超えた自由な議論を可能とする対話のルールとなる。「コーチング」と呼ばなくても、「自分の聞きたいことを聞くのではない。相手の話したいことを聞く」というインタビューのルールをセットするだけでも、かなりコーチング的な対話を展開することが可能となる。
その時、対話の焦点を単に問題や状況、事柄にフォーカスするのではなく、語る人本人にフォーカスすると、対話の中身は格段に豊かになる。「その状況を前にした時、あなたはどう思ったのか?」「こういう話をしていると、どんな気持ちになってくるのか?」というように、単なる事実・データの羅列ではなく、本人の解釈・気持ちの部分に話が向かった時、それは“その人が生きている物語”となってくる。
ここでいう“物語”とは何なのか。本人を取り巻く状況、事実を、その人がどのように受け止め、感じているのか。それを過去から現在、さらに未来に向けて、順序立てて整理されたもの。すなわち、その人の“人生のストーリー”といえる。
組織の中で悩んでいる人の話を聞いていると、そこに共通するのは、その人の物語が膠着(こうちゃく)している点だ。本人が主人公の物語になっていない。上司や組織の戦略が主語となった問題の物語が延々と語られ、被害者の物語になっている。そうした話を聞きながら、丁寧に本人に話の焦点を戻していくと、ある地点で「ハッとする瞬間」が訪れる。本人が自分で自分に気づく瞬間だ。自分が問題の一部を構成していることに気づけば、自ら主導権を取り戻し、主体性を発揮することが可能となる。コーチングは個人の物語を紡ぐ対話のOSなのである。