連載 MBA 人材マネジメント講座 第2 回 個別人事施策間のフィット Part2 日本型人事システム全体からみたフィット
どういった人事施策が効果的かどうかは状況によって異なり、すべての組織に有効な人事施策の処方箋は存在しない。
だが、内容が異なっていても、人事施策が効果的に機能するためには、人事施策全体を構成する個別施策間のフィットが必要になる。
今回は前回に続き人事施策間のフィットに関する具体的な内容を紹介する。
前回は、日本型人事システムの古典的な特徴である長期雇用と年功制について、フィットの根拠を具体的に示した。今回は、半ジェネラリスト・半スペシャリスト型の一律的人材育成、人(職能)ベースの社員格付け・賃金システム、人事管理権の所在、労働市場と人材タイプなどについて日本型人事システムの特色をみていく。そして最後に、正規社員に対する日本型人事システムを実現させた主要な要因のひとつである正規社員と非正規社員の大きな処遇格差について考察する。
長期雇用と採用、人材育成施策のフィット
まず長期雇用施策と採用、人材育成施策のフィットである。長期雇用を雇用施策として採用すれば、当然中途採用ではなく新卒採用が中心となる。職業経験を持たない新卒採用者の多くは、職務に対する専門領域を有していないため、職種別の採用ではなく、人事部による一括採用が適した採用形態となる。そして採用後は、雇用された組織内部で人材育成が図られることとなる。
この組織内部での人材育成で中心となるのは、労働市場で広く活用できる一般スキルではなく、当該組織のみで活用できる企業特殊スキルである。雇用者にとって重要なのは、社員が現在所属している組織で成果を出すことであり、企業特殊スキル中心となるのは理にかなっている。しかも一般スキルを習得した社員は転職しやすくなるため、企業にとっては育成投資が無駄となる恐れがあり、一般スキルに投資しないのは合理的な判断といえる。
日本の大企業では、定期的なローテーションが行われるのが一般的である。ローテーションによって社員は比較的幅広い職務の中から適性の発見が可能となり、これは適材適所につながり、企業にとって有効だ。同時に、社内での情報交流や部門間協力などにも役立ち、組織成果向上に寄与するなどの利点もある。さらにローテーションによって、長期的にみれば複数の上司によって評価を受けることになり、評価の客観性・公平性を向上させることにもつながる。
このように定期的なローテーションはさまざまな面で利点があるが、これは長期雇用を前提としたものであることはいうまでもない。もし雇用保障が低かったら、ローテーションによって他の職種への異動を多くの社員が受け入れるとは考えにくい。
たとえば、人事に10年間所属し、人事分野で経験・スキルを蓄積したのに、営業への異動を命じられたとする。この場合、もし人事分野で習得したのと同程度の経験・スキルを営業分野で習得する前に解雇されたとすれば、この社員にとっては大きな損失だ。
このように解雇の可能性が高いと社員が判断すれば、その社員はローテーションを受け入れずに、異動の通知を受けた段階で転職する可能性が高い。実際に欧米の企業では職種内異動が一般的で、職種を超えて異動するのは、将来の経営幹部として選抜された一部の社員に限られる。多くの社員にとって、社内での異動は社内公募(Internalrecruitment)に応募することに限られるのである。
半ジェネラリスト・半スペシャリスト型人材育成も日本型人事マネジメントの特色である。日本の人材育成の特色として、ジェネラリスト型人材育成が指摘されることが多い。だが、定期的なローテーションが実施されるといっても、1人の社員が多くの職種を幅広く異動することはほとんどない。少なくとも日本では、早期選抜型の欧米企業で将来の経営幹部として選抜された一部の社員に比べれば、異動の幅は少ないといえる。実際、イギリスの研究者によって実施された日本とイギリス企業の上級管理者の異動の幅に関する調査では、日本のほうが異動の幅が小さい企業が多いという結果が出ている(Storey, Edwards and Sisson 1997)。
とはいえ、多くの社員が専門分野を有するスペシャリストとして育成されているわけでもない。日本企業の多くの社員は、ジェネラリストとスペシャリストの中間的な育成をされているのが現状だ。
ジェネラリストならばジェネラルマネジャーとして転職の可能性があるし、スペシャリストならば特定分野で市場に通用するスキルを有している可能性が高く、転職しやすい。しかし、この半ジェネラリスト・半スペシャリスト型の人材は、転職しにくい人材タイプといえる。