ものづくり現場の人材育成戦略 第1回 グローバルな時代だからこそ“思い”を共有する ものづくり人材を育成したい
製造業に支えられてきた日本経済。それは今も変わっていない。しかし、国内人件費が高くなったことによって、国内の製造業はかつての力を失いつつある。そこで蓄積された技術や技能を国内で伝承し、改めて国内の製造業の強さを取り戻そうという動きが出てきている。窯業大手の日本ガイシは、人財開発部門を分社化し、製造現場教育を強化しつつ、海外工場で活躍できる技術者の育成に力を入れ始めた。
未踏の境地を切り拓く日本の製造業
2007年、トヨタの自動車生産台数がGMを抜いて世界一になった。販売台数ではまだわずかにおよばないようだが、これも2008年には逆転するだろうと予想されている。
日本の経済力を名目GDPでみると、為替レート換算では、米国の13.2 兆ドルの約3分の1となる4 . 3 兆ドルで世界第2位。中国は第3位で2 . 6 兆ドルだ。ところが、購買力平価でみると中国と逆転して米国(12. 3 兆ドル)、中国(8 . 9 兆ドル)、日本(4 . 0 兆ドル)という順になる(外務省2007年9月)。
一方、毎年、社会経済生産性本部から発表される労働生産性の国際比較をみると、日本の労働生産性は先進7カ国で最下位、OECD加盟30カ国中20位だが、製造業だけでみると先進7カ国ではアメリカに続いて第2位になる。日本経済がいかに製造業に支えられているかということを如実に示すデータだが、この状態がいつまで続くのかとの問いに、明確に答えを出している専門家はいない。
教科書的に歴史の流れをみれば、国の産業の発展は第一次産業に始まり、経済成長とともに第二次産業、第三次産業へと移行していく。日本の産業界も、製造業からサービス業へのシフトが急速に進行しており、この2業種のキャッシュフローが突出して多く、これが我が国の経済を回しているというのが現状だ。
今後もサービス業へのシフトが続くことは間違いないが、このまま我が国の産業が、製造業からサービス業へ雪崩を打つように一気にシフトするかというと、それがそうとはなかなか言い切れない。シフトはするだろうが、“どっこい製造業は死なないぞ”という意気込みが製造業にあるからだ。同時に、製造業なしに日本経済は回るのかという疑問も強い。
かつて日本経済はアメリカの背中を追いかけ、産業界はアメリカの行跡をトレースするように進んできた。しかし、アメリカの産業界が短期収益向上を狙い、安い労働力を求めて海外シフトを進めて、国内でのものづくりを放棄し始めた辺りから、少し流れが変わってきた。“日本産業の基盤は製造業”“ものづくりの強化こそ日本経済の生きる道”との認識に基づいて、グローバル化を進めながらも、国内でものづくりを展開する道を探り始めたのである。その結果、“高い労働力という環境の中で、ものづくりの高度化をいかに進めるか”という、いわば未踏の局面を自ら切り拓かなければならなくなった。それは具体的にどのように可能なのか――それを模索し始めたというのが、今、我が国の製造業の置かれた状況である。
日本ガイシの人づくりをNGK人財開発が一括担当
「日本ガイシはもともとインフラ関連の事業が基盤なのですが、それでもグローバル化が進み、2000年頃から国内従業員が減少し始め、代わりに海外従業員や契約社員が増え始めました。そこで気がついたのは、海外に出て世界を相手にできる人材を育成する必要があるということ。つまり、海外の工場できちんと言いたいことを説明し、自信を持って伝えられる人材を育成する必要があることでした。しかも、現場ではなかなか事故や災害が減らず、こんなことで働くことに誇りを持って安心してものづくりができるのか……との不安がありました」と、元日本ガイシ常務取締役製造技術本部長で、現NGK人財開発社長の大野正直氏は語る。
そんな中で、現場の状況を把握しようと、会社、工場、組合が一緒になって始めたのが「たそがれツアー」である。“たそがれ”というのは、誰も行かないところを視察するということから、誰言うともなく囁かれるようになった呼称である。
現場を回って気がついたのは、
・事業部間に温度差があり、収益的に好調な事業部は手厚く支援されているが、課題のある事業部では、問題を抱えていても現場任せにされていて支援を受けていない
・トップ層の視察などの形跡がない
・国内従業員において正社員に代わって契約社員が増えてきている中で、事故や災害が必ずしも若手社員や契約社員の中で増えているのではなく、10年近い経験を持った社員の中からも発生している
などで、製造現場での一体感醸成の必要性が認識された。
この経験から現場のリーダーとその上司・支援者を育成する「ものづくり道場」(後述)が生まれるが、何よりも大野氏が気になったのは、現場の作業が単に機械的に行われていて、その根拠や理屈が深く理解されていないことであった。海外で相手を説得するにも、まず、仕事に対するしっかりした思いと理解が必要ではないか――そう考えた大野氏は、根本的な企業風土の改革と、人材育成体系整備の必要性を感じたという。
同じ頃、日本ガイシの松下雋社長からも、グローバル化とものづくりの高度化に対応するため、「人材をしっかり育成するしかない!」との方針が出された。そこで、人材育成を本格的に進めるため、製造技術の伝承、グローバル人材の息の長い育成を主目的として、平成18年にNGK人財開発を発足させた。同時に、眠った状態だった鳥羽の保養所を、30人が宿泊研修できる鳥羽総合研修センターに改装した。会社の並々ならぬ意気込みが感じられる。