ものづくり現場の人材育成戦略 第2 回 キーワードは“不連続”。 年功的な技能継承から若手に重点を置いた育成へ
熟練技能者の技に依存する楽器作りと、高度に自動化された製造ラインで作られる電子デバイスという、両極端の製造部門を抱えるヤマハ。
特に同社で懸念されているのは、続々と定年を迎えつつある熟練技能者の持つ技能の継承である。バブル崩壊後の採用減による技能継承適齢期の人材不足も、この問題に拍車をかける。
そこで同社は、世代を飛び越えた技能継承を模索。若手に重点を置いた人材育成へと大きく舵を切った。
現実味を帯びてきた熟練技能者の大量流出
ヤマハの事業領域は、ピアノや管楽器、弦楽器などアコースティック楽器とデジタル楽器、さらに電子デバイス、エレクトロニクス製品、キッチン、バスなどに加えて音楽ソフト事業と幅が広い。
製造業として同社の核になっているものは2つ。1つは半導体や電子部品などを生産する先端的な自動化された生産技術と、もう1つはピアノに代表される高度技能をベースにしたアコースティック楽器製造の技術である。
アコースティック楽器の生産工程でも、パーツ作りの段階では標準化・自動化が進められている。しかし最終的な組立工程では、図面を基本としながらも音色や音程という極めて感覚的な判断が求められるため、熟練技能者の長年の経験を活かし、現物1つひとつに合わせた“すり合わせ”(微調整)作業が不可欠になっている。近代的な製造業であっても、高い感性を駆使した一品生産的なモノづくりが行われているわけだ。それだけに、モノづくり人材の育成は同社にとって極めて重要な意味を持っており、特に製造部門の中核人材の育成には、社内教育機関であるヤマハ技術研修所(以下、技術研修所)、ヤマハ高等技能学校(以下、高等技能学校)など、さまざまな機会や仕組みを用意して取り組んできた。
そうした中で、同社を取り巻く環境が大きく変化し始めた。団塊の世代を中心とした高技能者が定年で大量に流出する時代に直面し、バブル崩壊後の採用減という社員の年齢構成の基本的な問題もあって、新たな製造中核人材の育成が喫緊の問題として浮かび上がってきたのである。
「昨年から実際に、ベテラン技能者の大量退職が始まりました。もちろん、国内生産部門の年齢構成のひずみに伴う問題点がいずれ現実の課題になることはわかっていましたが、海外生産比率が急激に高まる中で、現実論として手をつけることができなかった結果です」と、ヤマハ取締役の八幡泰司氏は現状を憂う。
同社では、原則55歳で役職定年を迎え、60歳で定年である。これまでは年間100人ほどのペースで定年退職者が出ていたが、2、3年前から年間150人くらいのペースになった。そして2008年度以降は、定年による自然減や延長雇用者の契約満了退職者を入れると、現場から毎年250人を超えるような規模で技能者がいなくなるという。
役職を離れる監督者層と、定年で退職する高技能者、再雇用の契約が満了になって職場を去る技能者を考えると、現場の中核をなす高技能者が一挙に流出する時代が現実になってきたのである。
バブル崩壊後の採用減で世代の連続性が崩壊
高技能者の大量流出は、ある程度予測されたことであった。それに対して有効な対策を講じてこられなかったのは、流出する高技能者の技能をトランスファーする(受け継ぐ)べき次の世代が、バブル崩壊後の採用減で欠けているということも大きかった。技能者が不足するなら、次の世代を育成すればよい、というのが通常の流れだが、肝心の次の世代がいないのだ。
ヤマハ社員の年齢構成を見ると、多くの企業と同様に、大きく3つの山がある。ピークは、54歳、30歳、24歳である。ヒョウタンを横に寝かせて、口元に小さな山をつくった形を想像していただくとわかりやすい。口の辺りが24歳、小さな凸が30歳、大きな凸が54歳。54歳を中心とした大きな山が今後10年くらいで順次定年を迎えるが、次の世代である40歳を中心にした前後5年くらいの層が、大きく谷間になっているのである。
現在、現場でモノづくりの要となっている監督者層が定年を迎えた後、新たに監督者となる人材を求めると、40歳代を通り越して、次の山である30歳近辺に期待せざるを得ない。従来より一世代飛び越えた若い人材登用が不可欠であり、そのための新しい人材育成システム作りが求められるようになってきたのである。
「これまでの日本の工場では、長い時間をかけて監督職を育ててきました。育ててきたというよりも、現場で仕事をしているうちに、1人ひとりの努力により、周囲の誰もが自然発生的にリーダーとして認め、それを会社が役職として追認する、というのが一般的だったのではと考えています。
教育制度も、従来は対象者の年齢は30代後半~40代前半で、役職昇格を前提とした昇格前研修や試験、昇格後の研修を行ってきました。しかし、この層がすぽんと欠けているため、その下の層を対象に監督者として育成する必要が出てきたのです。誰もが認めるリーダーと認知される前の、20代後半~30代前半の人たちを、監督職として育成しなければならなくなったのです。
技能者としても、まだ十分なレベルといえない人たちを、どう監督職として育てるか――それが課題です。ここでは、これまでの人材育成のやり方は通じません。過去と将来がつながっていない“不連続”な状態で、今後はまったく新しい監督職育成の仕組みを作らなければならないのです」(以下、八幡氏)。
年齢構成の変化だけではない。“不連続”の要因は、いくつもある。