企業事例 富士ゼロックス 業務の範囲を超えて 個人の思いを具現化する 仮想組織運営
縦型組織に特有の壁が、部門間の連携や情報共有に支障を与えていると危惧した富士ゼロックスは、社員が自発的に考え、実践することを柱とするユニークかつ斬新な人材育成プログラム「バーチャルハリウッド」を開発した。
社員のコンピテンシーやモチベーションを高め、人的ネットワークを広げつつ、新たな企業価値を創出することを目指して、9年間の長きにわたって実施されてきたこの取り組みについて聞いた。
企業の未来を切り拓き自律型人材を育成するVHP
1990年代後半以降、従来の複写機メーカーという存在から、「知の創造と活用を進める環境の構築」を使命とする“ドキュメントカンパニー”へと着実に変貌を遂げてきた富士ゼロックス。この“新創業”を実現させるためには、過去の価値観やプロセスから脱却し、新たな企業価値・企業品質を獲得できる人材の育成が不可欠であった。その間、斬新な人材育成策を数多く行ってきた富士ゼロックスだが、最もユニークかつ先駆的な試みといえるのが、バーチャルハリウッド・プラットフォーム(以下、VHP)である。
そもそもVHPは1999年、バーチャルハリウッドという名称でスタートした。コンセプトは「お客様の視点から、会社や仕事、そして自分自身を変えたい、成長させたいという『思い』や『実行力』のある社員が、部門/組織の境界を超え社内外から広く有志を募り、衆知を結集し、改善・改革を自ら実践する活動」である。
2000年から推進スタッフとしてVHPにかかわっている、バーチャルハリウッド・プラットフォームグループの高瀬恵子氏は導入の経緯を語る。
「1997年、坂本正元社長(当時)が社内のコミュニティミーティングに参加したところ、部門間の連携不足や情報の非共有など、縦型組織特有の壁が予想以上に厚いことに愕然としたのです。企業としての将来に大いに危機感を覚えた社長は、すぐさま人材開発センターに意識改革への取り組みを指示、その解決策として1997、1998年と立て続けに実行されたのが、変革型人材の育成を目的としたシンボリック・リーダーズ・プログラム(SLP)や、顧客価値の提供を目的とするカスタマー・バリュー・マーケティング(CVM)でした。1999年のバーチャルハリウッドは、それらを踏まえ、自律型人材の育成とお客様志向の徹底を目指したプログラムという位置づけになります」
組織が拡大した企業において、企業活動を安定的に進めていくためには、効率化されたワークフローを実現する縦型組織が有効である。しかし縦型の組織には、与えられた役割だけを遂行すればいいという意識が社員に蔓延しやすい傾向もある。そのうえ、命令系統が一方向であることからチェック機能がうまく働かないため、現場で問題が起こってもすぐに対応できず、そのまま放置・先送りされやすいというデメリットがある。
そんな状況を打開し、継続的に企業が成長していくためには、「通常の業務範囲を超えた新たな発想で考え、社内外のさまざまな部門や企業と連携を図りながら、具体的な形にできる人材」こそ重要――そう結論づけた富士ゼロックスが出した答えの1つが、バーチャルハリウッドというわけだ。
「1999年から2001年までをVHPの第一期とすれば、当時は参加者も我々推進スタッフも手探り状態だったと思います。ただ、打ち上げた“花火”はとても大きな反響を呼び、初回公募では179名の社員がディレクター(テーマリーダー)として手を挙げました。これではあまりにも多いということで、翌年から参加人数を抑えたほどです」
当初は3年後の2001年で終了する予定だったが、経営層をはじめ社員からも活動を高く評価され、継続が決定。そして「経営の視点でみた課題解決も重要」という役員からの意見を採り入れ、経営層が提示するテーマに応募するという新たな参加方式を追加した「バーチャルハリウッド・プラットフォーム」がスタートした。
「『人材育成とイノベーションの創出が日常活動の中で当たり前として推進されることを目指し、フロントラインと役員をはじめとしたマネジメント層を含めた全社員が共に推進するプログラム』というVHPの新コンセプトは、経営層も主体的に参画しながら、企業が抱える潜在的なテーマへの着手を目指すものです。これによって、これまでの社員が自らテーマを設定する活動に加えて、経営層から提示されたテーマに対しても参加者を募ることで、さらに組織活性化を加速させていく体制となりました。その後も、第三期『お客様とともに価値をつくる』、第四期『企業品質イノベーション喚起』などのテーマを付加しながら、VHPは進化を続けています」(図表1)