調査レポート「2008 年日本の『働きがいのある会社』リスト」から 日本の「働きがいのある会社」に見る 競争力と働きがいの源泉とは
従業員へのアンケート結果をもとに、世界基準で評価し導き出された「働きがいのある会社」が今年も発表された。
組織における働きがいとは何かを、国際比較も交えて探ることで、日本企業の“強み”と“成長の機会”が浮き彫りになる。
調査を行ったGreat Place to Work® Institute Japan のチーフプロデューサー、斎藤智文氏が調査結果を分析し、日本企業が目指すべき方向について語る。
1700 人の従業員全員の顔と名前を知る経営者
2007 年1月に、ヨーロッパで最も従業員から「信用」されている経営者といわれるイヤマ(Irma)のCEO アルフレッド・ヨセフソン氏に会った。イヤマは1886 年創業の食料品店で、現在は高級食料品を扱うチェーンストアである。本社はデンマークの首都コペンハーゲン近郊で、当時の売上高は約500 億円。国内で73 の店舗を運営、従業員数は約1700 名の会社である。
ヨセフソン氏からは経営方針や人材に対する哲学などさまざまなことを聞いたが、大変印象深い話があった。
「デンマークでは通常、相手の名前を姓で呼ぶが、イヤマの従業員は私のことをファーストネームのアルフレッドと呼んでくれる。それが嬉しい」という話と、「私は1700 人全員の従業員の顔と名前を知っている」というものだ。後者には特に驚いた。これは、記憶力がいいということではなく、それだけ従業員1人ひとりを大切に思っていて、深い関心を持っているからにほかならない。日本の経営者は、はたしてどのくらい従業員の顔と名前を一致させているだろうか。
本社を訪問した後に、コペンハーゲン市内にある200 坪程度の店舗を訪問した。現場を案内してもらいながら、店長のハマー氏の話を聞いた。とても品質の良い食品や品揃えが豊富なワインコーナーが目を引く美しい店だった。扱う品は、日本では高級デパートの地下食品売場にあるような商品に近い。通常、デンマークの食品小売りではオーガニック(有機)食品の扱いは12~20%程度だが、イヤマではそれが60%にも達するという。ハマー氏の言葉には、健康に良い食品、環境に良い食品を揃えている会社としての誇りを感じる。私が訪問した店舗では、おいしそうなパンも陳列されていたが、85%がその店で焼いたパンであるという説明があった。
顧客満足度を高めるために、つねに従業員のトレーニングをしており、商品知識が高いこともイヤマの特長である。買い物客で賑わう午後3 時から7時の間は、“お客様の質問に答え、商品の説明をする専門スタッフ”である顧客アドバイザーを配置している。この店では、60~70%の客が、ハマー氏やスタッフを名前で呼び掛けるという。日本の、特に都会のスーパーでは、客が従業員に名前で呼び掛けることはあまりないだろう。日本では「顧客接点人材」という言葉があるが、まさにイヤマの現場の従業員は、顧客との強い接点になっているのだ。ハマー氏に、ヨセフソン氏がすべての従業員の顔と名前を知っていることを告げると、「それは初めて聞いたけど、確かにこの店に来ても、全員に名前で呼び掛けている。みんなを知っているのかもしれないね」と当たり前のように答えていた。
経営者の話と現場の話に乖離がある会社もある。しかし、イヤマでそれは感じられなかった。CEOヨセフソン氏は事実、1700人も従業員がいる会社で、しかもデンマーク国内に店舗が点在しているにもかかわらず、全従業員を知っている経営者である。ハマー氏は「アルフレッドは1カ月に1回は店に来る。彼とのコミュニケーションは上下関係のものではなく、人と人との対話になっている」とも言っていた。
Great Place to Work® Institute の長い研究によると、従業員から信用される経営者の基本は、双方向のコミュニケーション力であるという結論があるが、ヨセフソン氏は、まさにその代表のような経営者だった。
日本で2 回めの発表「働きがいのある会社」
Great Place to Work ® Institute では、「働きがいのある会社」をリスト(一覧表)にして発表する一連の活動やプロセスを「リスティング」と呼んでいる。Great Place to Work ®Institute Japan が行った日本での第1回めのリスティング参加企業は62社で、そこから選ばれた「働きがいのある会社」20社のリストを『日経ビジネス』2007年2月19日号の誌上で発表した。2 回めは2007 年3 月から募集を始め、説明会を13回開催した。前年同様、7 月末に締め切り、8 月から10 月にかけて各社のサーベイを実施。最終的に94 社が参加し、合計約3 万名の従業員が、Great Place to Work® Instituteが開発した57 問のステートメント(設問)と2 問の自由回答から構成されるアンケートの日本語版(一部の人は英語版)に回答した。この第2 回めリストは、『日経ビジネス』2008 年1 月28 日号誌上にて発表、リストは20 社から25 社に増えた。
1 回めに参加した62 社、2 回めに参加した94社は、それぞれリストに入った企業と、リストに入らなかった企業に分かれたが、どの会社も働きがいを高めることを目指している志の高い会社であることに違いはない。
現在、「働きがいのある会社」リストは、世界29 カ国で発表されている。アメリカのBest Companies to Workfor(最も働きがいのある会社)は、1998年から毎年1月の『フォーチュン』誌にベスト100 が掲載されている。ヨーロッパのリストは15カ国で発表されているが、2003 年から毎年5 月に全ヨーロッパの総合ベスト100 がイギリスの日刊紙『フィナンシャル・タイムズ』に掲載されている。
「働きがいのある会社」リストは、職場の質を高めることに真剣に取り組む企業と知識や経験を共有し、職場作りを支援することを大きな目的としている。従業員アンケートと企業アンケートの分析および評価により、「働きがいのある会社」として選定された会社が、最終的にリストとして公表される。しかし、必ずしもリストに入ることだけが参加の意義ではなく、多くの会社はサーベイに参加することにより多くを学び、職場環境を向上させ、組織改革を実現していることに価値がある。
働きがいをどうやって評価するのか
アメリカやヨーロッパ各国では、参加制限が少なく、小さな会社もリスティングに参加できる。日本はまだスタートしたばかりで、1 回めと2 回めは500 人以上の従業員がいる会社に限定させてもらった。今、参加募集をしている3 回めのリスティングからは、従業員が250 人以上の会社まで対象を広げることができるようになった。
アンケートのステートメントは、7年におよぶ数千人の膨大なインタビュー記録をベースに従業員の生の声を整理して作られたものだ。従業員が望む「働きがい」につながる声を分類すると、「信用」「尊敬」「公正」「誇り」「連帯感」の5 つに集約することができ、この5 つのディメンション(要素)で分析を進める。