ものづくり現場の人材育成戦略 第3 回 モノづくりの原点「自働化」。 トヨタグループ創始者の思想を伝えるモノづくり教育
学生の学力低下は、モノづくりの現場にも影響をおよぼすようになった。理工系の学生でありながら、図面を手描きできなかったり、モノづくりを経験したことすらない学生が増え、現場で余計な手間と時間をかけざるを得なくなっているというのだ。多くの企業がこのような現状に諦め気分でいる中、豊田自動織機は、新入社員に対して、知識習得から実践まで含めた本格的な基礎技術教育を実施。技術ばかりでなく、技能を身につけた人材の育成に、大きな成果を上げているという。
深刻化する学生の学力低下
最近、大学に入学してくる生徒の学力が低下し、授業についていけずに落ちこぼれる学生が増えているという。特に理工系学部でこの傾向が著しく、その対策として大学では、予備校と提携して入学前に補習を義務付けたり、独自カリキュラムで補習を行ったりと、自衛策を講じている例も少なくない。
工学部に入学してくる生徒の中に、高校時代に物理学を修得していない生徒がいて、物理の単位記号がわからなかったり、力学の法則を勉強していなかったりするために、基礎から教えなければならなくなっている、と大学の先生は嘆く。
これは大学だけの問題ではない。今、教育界で問題になっているのは、子供たちの“学びからの逃走”である。かつて日本人は、世界的にも勤勉な国民として知られていた。子供の勉強時間を世界で比べてみると、10年位前までは、勉強時間の長さでつねに世界のトップクラスに挙がっていた。しかし最近、様子が大きく変わってきている。
子供たちの学力を国際的に比較した国際教育到達度評価学会(IEA)の調査結果(第1回/1964年、第2回/1981年、第3回/1995年、および第3回の追跡調査/1999年)を見ると、日本の子供の学力は今なお、世界の国々の中でトップクラスを維持しているものの、小学校高学年から中学校・高校にかけて、大多数が学校の勉強を嫌い、学ぶことから逃走しているという結果が出ているのである。また、校外での学習時間も世界37カ国中35位にまで転落。かつて世界的に勤勉と評価された日本のイメージは今やない。
技術・技能人材育成で求められる再構築
こうした学生たちの学力低下の傾向を長い間、企業の採用の現場で実感してきた、というのは豊田自動織機・常務役員技術技能ラーニングセンター、センター長の野崎晃平氏である。
「学生の学力低下は、10年ほど前から顕著になっています。大学院卒で三角柱の体積が求められなかったり、CAD(コンピュータ・エイディッド・デザイン)を使って図面を作成することはできても、その図を手で描くことができなかったり……ということが珍しくないのです。設計担当者たちが打ち合わせると、簡単なポンチ絵(概略図)を描いたりします。わかりやすくて話が早いのですが、社外の設計者たちとの打ち合わせの席で若手に絵を描かせると、とんでもない絵を描いたりするので、危なくてやらせられないのです。CADで図面を引けても、具体的な形を想像し、ポンチ絵を描くことができないのです」
1973年以来、我が国の出生数は減少傾向にあり、現在は、大学への入学希望者より募集数のほうが多い、いわゆる大学全入時代を迎えている。どこへでも入れるとなれば、努力しなくなる。学生の質の低下は、必然の結果ともいえる。そして、学力低下は、知識の多寡にとどまらず、その延長として仕事のあらゆる場面での大きなマイナス要因になっていく。学びから逃走した子供たちが、やがて成人して“労働から逃走”し、さらには“子育てから逃走”する……というように、マイナスのスパイラルで下流へと流れる。
こうした環境変化の中で、学力低下をカバーし、モノづくり力の低下を食い止めるために、日本の企業は何を行えばよいのか。その問いに答えを出そうとする1つの試みが、本稿でご紹介する豊田自動織機のケースである。
同社が行う学力やモノづくり力の低下対策は、次の2つの方向性で進められている。
①現場の技能の維持・向上(技能織の質向上)
②新入社員の学力・基礎技術力の向上(事務・技術職の質向上)
モノづくりのルーツは自動織機の「自働化」
技能低下への対策として豊田自動織機には、すでに25年の実績を持つ「技能専修学園」制度がある。これは、現場の指導者を育成するために設置された企業内の訓練制度であり(愛知県知事認可)、毎年400~500人の新入社員のうち100人ほどが、技術技能ラーニングセンターで1年間、実習・実技を基本とした基礎的なモノづくり教育を受けている。スタートした1982年から数えると、卒業生は約1500人。同社全体の技能者の約20%に達しており、先輩社員は現場のリーダーとなって活躍している。
2000年からは、ここで技能五輪の選手の育成も行っている。「2007年に沼津で行われたユニバーサル技能五輪世界大会では、機械組立部門で弊社の土谷選手が金メダルを獲得しました。2008年度の幕張メッセでの全国大会でも、機械組立部門で優勝者を出すまでになっています」と、技術技能ラーニングセンター副センター長で技能専修学園長を務める当麻満男氏は語る。