連載 人材教育最前線プロフェッショナル編 人としての“根”をつくることが 人材育成のスタート
大日本印刷の研修部部長である森野真一氏は、人材育成で大事なことは、“不易流行”だという。どんな時代にも変わらずに求められる“不易”――社会で働くうえで基礎となるビジネス基本能力や人格をまずは鍛える。そのうえで“流行”――その時々で必要とされるスキルや知識を身につけさせる。それは基本的に自己啓発とOJT で達成するもので、研修はあくまで“気づき”を与える補完的なものに過ぎないと言い切る。IT の革新と共にダイナミックに変化し続ける同社。その変化に対応できる人材の育成方法と、その考え方について詳しく伺った。
いつの時代も必要な能力
時代の要請に応じた知識
創業明治9年。大日本印刷(以下、DNP)は、133 年の歴史を誇る老舗の印刷会社である。紙媒体の印刷をする会社というイメージを持つ人も多いかもしれないが、近年は印刷技術と、最新の情報技術を融合し、新しい価値を生み出す時代の先端企業になった。経営理念を実現するためのコンセプトワードも、2001 年からは、「P (Printing Technology) & I (Information Technology) ソリューションDNP」として、社会の変化に合わせて進化し続けている。こうした進化を支える人材の育成を支援する研修制度をまとめているのが、研修部部長の森野真一氏だ。
1996 年から採用を8年間担当し、2004年から研修部部長に就任した森野氏の人材育成における考え方は“不易流行”。これは松尾芭蕉が提唱した俳諧理念の言葉である。“不易”とは、永遠に変わらないもの。俳諧では、五七五の定型や季語がこれに当たる。“流行”は、新しさを求め、時代に合わせて変化することだ。
「教育においては、ポジティブシンキングができるマインドの強さや、コミュニケーション力や文章力といった、いつの時代でも必要とされる能力が“不易”で、時代の要請に応じた知識やスキルが“流行”。まずは“不易”の部分をしっかりと確立することが大切だと考えています」と森野氏は話す。それは仕事に対する姿勢にも言えるという。
「学生たちに“やりたいことを見つけなさい”と言う方がいますが、まだ、しっかりとした自分の“根っこ”が確立されていないのに、やりたいことを考えるなんて難しいと思います。そして『やりたいことが見つからないからフリーターになる』ではさらに本末転倒。社会に出て税金を納めれば社会貢献になるのですから、まず出てみればいいと思いますね。就職して仕事を覚えていく中で働きがいを見出し、その中で焦らずに、やりたいことを見つけていけばいい。入社説明会で学生にそう言うと安心した顔をしますよ」
やりたいことを見つけるためには、まず目の前の仕事に懸命に取り組むことが大事だというのである。そうすれば、どんな仕事であっても手応えがあるはずなのだ。「いきなり“確固たる自分”は確立できません。けれども、1つひとつの仕事に一生懸命に取り組んでいくことで自分が磨かれて、人としての“不易”、つまり根っこの部分が形成されていく。そうすると、徐々に自信を持って仕事ができるようになり、仕事が面白くなってきて、やりたいことが見えてくるのではないでしょうか。新入社員に対する人事・人材開発部門の最初の役割は、まずその根っこの部分を教育することだと考えています」
実は、こう語る森野氏自身、仕事に取り組む中でやりがいを見つけ、やりたいことを見出してきたようだ。
会社の次代を担うコア人材を見出す仕事
森野氏は、1972 年にDNP に入社。CTS (Computer Type-setting System) プロジェクトチームに配属となり、当時としては画期的な、コンピュータを用いた印刷技術である自動組版システムの開発業務に携わる。以降、CTS事業部(その後、ACS事業部に改称)にて情報処理、電子メディア、ネットワーク関連の販促・企画を担当した。この間の印刷業界における技術革新には、目を見張るものがある。アナログからデジタルへ。巷ではコンピュータの小型化が進み、パソコンが登場する。
こうした技術革新の過程を傍らで見られる仕事は充実していたが、1995年、森野氏は突然、本社の人材開発部採用担当となった。異動の内示があった際、少なからず動揺したと打ち明ける。それまでの現場の仕事が大好きだった森野氏は、現場と本社の仕事はまったく違うと考えていたのだ。しかし……。
「意外にも、すぐに仕事が面白くなったのです」
新卒採用は、次代のDNP を担うコア人材を見出す仕事である。やりがいがないはずがなかった。さらに、今まで現場でやってきた仕事が活きることにすぐに気づいた。
「異動後、私が最初に取り組んだのは、選考過程をデータベース化して情報共有を図り、選考システムを確立すること。当時から応募者は約1万人と膨大だったので、合理化が必要だったのです。これには、それまでに培ったシステムに対する知識が役立ちました」
2000 年には、採用基準を見直して、コミュニケーション能力を重視するようにした。というのも、時代と技術の変化に伴い、同社社員に求められる役割も変化してきたからだ。営業職には顧客の潜在的なニーズを引き出し解決することが求められたり、技術職であっても多くの他部門と協働したり、顧客に技術的な説明を行ったり――業種を選ばずコミュニケーション能力を問われる機会が増えてきたのである。