Topic 日本能率協会2009年経営革新提言 “働く人の喜び”を中心とした経営が 社員の潜在能力を開花・発揮させる
世界経済が危機的な状況に置かれた今、日本企業が輝きを取り戻し、真の復活をとげるためにはどうすればよいのか。それは、かつて日本企業が持っていた「働く人の喜びにつながる経営」を行うという原点に立ち返る、ということではないだろうか。
日本能率協会では2008年に引き続き、こうした考えに基づき「潜在能力の組織的発揮」として、社員を大切にして能力を引き出すための企業経営について提言をまとめた。
本稿は2009年3月に発表した提言全文を要約したものである。
日本企業の真の復活は原点に立ち返ることから
日本企業を含む世界中の企業が、米国に端を発した昨年来の金融バブルの崩壊から、景気後退に直面している。こうした状況から日本企業が真の復活をとげるには、かつて経営資源が乏しい苦境の中で、自らを世界第2 位の経済大国へ押し上げた原動力が何であったのかを改めて確認すべきである。それは、働く人を大切にして、長期にわたり信頼関係を築き、安心して仕事に打ち込める環境を整えてきたこと。それをもとに、社員の熱意と創意工夫、そして「潜在能力」を引き出し、その力を集団の力に総合して社会に有意なものを提供してきたことによって、企業が成長し、ひいては働く人の喜びにつながる経営を行ってきたからではなかったか。
そこで我々日本能率協会ではこうした原点に立ち返り、人材の潜在能力を最大限に引き出すことが企業経営にとって重要と考え、提言を行った。ちなみに、ここで言う「潜在能力」とは、人材が「本来できるようになるはずの能力のうち、まだ現実に発揮されていない能力」である。
日本の企業経営の根幹にあった「育てる文化」
従来、日本的経営の根幹には、仕事を通して社員が経験を積むことで職務遂行能力が高まるとの思想があり、社員を育てることへの強い自信があった。しかしながら、現在の企業経営の実情は昔と大きく異なり、業況に応じて合理化に走り過ぎているとは言えないか。過度の成果志向による社員へのプレッシャーや、個人主義的傾向は確実に現場力の低下を招いている。
また、苦渋の選択ではあるにしても、人員の削減を行えば内部に蓄積されるべき知識やノウハウの集積がなされなくなる。さらに、それに伴う雇用の不安は働く意欲そのものを減退させ、人材が持てる力を十分に発揮することを困難にする。
特に昨今のような、かつてないほど厳しい環境にあっては、これまで以上に社員の心を一つにしてやる気を高め、困難に挑んでいかなくてはならない。経営者や管理者には今こそ、社員の人間的な側面に対して強い関心を持ち、人を観察して見抜き、活かし、自ら育つようにする力量が問われる。
幸い脳科学、人類学、心理学など、人の本性に迫る研究が進んでいる。複雑化し混沌とした状況に直面している今だからこそ、人の本質・本性を見極め、人と仕事と組織のあり方をとらえ直すことに、人の潜在能力を引き出し苦境を乗り切る糸口があると考える。
人はそもそも働きたい動物である
そこでまず、本研究のメンバー、人類学者の長谷川眞理子氏の見解を参考に人の本性を考えたい。
長い進化の歴史を振り返ると、人にとって食糧を得ることは、地面から作物を掘り出したり、危険を伴う狩猟を行うなど、困難を伴っていた。人が食物を獲得し続けるためには、道具を作り続けなければならなかったのである。また幾多の自然の脅威や危機から身を守るためにも、何かしら、新しいものへの取り組みが必然だった。つまり、働かなければ生存できなかったということである。
そして今日、類人猿が絶滅しそうな傍ら、人類が大いに繁栄しているのはなぜか。その大きな要因は、「組織化された協働作業」にある。
人の脳にはそもそも、機能として「三項関係の理解」が備わっている。人は、「自分」と「誰か」と「何か」の3 つ(三項)を認識し、「誰か」とその「何か」を一緒に見ることで初めて、力を合わせて持ち上げるなどの協働作業に移すことができるのである。