COLUMN うつを経験した社員に聞く 会社にして欲しい事前対策 ―あの時、ああしてくれれば、と言われないために―
「有能な人材のパフォーマンスが奪われる」「休職を繰り返した揚句、退職する社員が続出している」……
企業のメンタルヘルス対策が叫ばれるようになって久しいが、相変わらず、職場のうつは急増する一方だ。
うつになる原因は多様にあるが、うつが発症するまでの過程には、それを防ぐチャンスが無数にあるはずだ。
実際にメンタル不全に陥った人の声から、企業が、そして人事部が、その時何ができるかを探る。
うつの引き金は上司との関係不全
「思った通り、数値はかなり悪いですね」。精神科医は、うつの診断に用いる問診票の結果を見ながらうなずいた。睡眠障害、意欲低下、食欲低下、物忘れ。損害保険会社の営業職、長野眞さん(仮名・41 歳)が抱える症状は深刻だった。診断は「抑うつ状態」。ただちに4 カ月間の休職を指示された。
長野さんのメンタルヘルスを悪化させた要因はいったい何だったのか。
多くのうつ患者に共通することだが、彼の場合もうつの発症、深刻化に当たり、いくつかの段階を経験している。そのいきさつを以下で追ってみたい。
ステージ1・疲労蓄積期
和歌山県、岐阜県、北海道と、宿泊を要する遠隔地・広範囲エリアばかりを担当してきた長野さん。点在する顧客先を訪問するには、長距離運転が必須だった。「特に岐阜県時代は月間の走行距離が3000km を超えることもしばしば。変形性頚椎疾患や腰痛などに苦しみ、病院で治療も受けていました」
ただでさえ単独行動の多い営業職の場合、上司の管理が行き届かないことが多い。宿泊の多い長野さんの場合はなおさら、自分の状況やつらさを上司に理解してもらうことは難しかった。「身体があまりにつらいので、上司に『次の転勤の時は、支社周辺のエリアを担当させて欲しい』と要望を出したのですが、意見が聞き入れられることはありませんでした」。岐阜県で6 年間の担当を終えて、北海道への異動内示を耳にした時は、しばらく立ち直れないほど落ち込んだという。
新たに異動したのは北海道の道東地区。2 月ともなれば、最低気温は零下20 度、積雪量は1m 近くに達する豪雪地帯だ。危険と隣り合わせの運転は、心身をひどく消耗させるものだった。
おまけに携帯電話さえ通じない地域もあったため、事務的な業務は宿泊先のホテルの電話回線を使ってまとめて行わなければならない。緊張と深夜に及ぶ残業で、睡眠リズムは完全に狂った。異動して3 年め頃には、はっきりと意欲の低下、抑うつ症状を自覚するようになったという。
ステージ2・ストレス増悪期
そんな長野さんだったが、不眠と闘いつつ、とりあえず4 年間の担当を務め上げた。次に異動したのは、近畿地方の中規模都市エリア。だがここでも、上司の理解は得られなかった。
「たとえば、前任者からの引継ぎがいい加減過ぎて、身に覚えのないクレームが続出したことがあります。上司に相談しましたが、特に何も対策はとってくれませんでした。結局、1 人矢面に立ち、クレームに対応しました」
また、あるセミナーでのこと。上司が遅刻し、事前打ち合わせに参加しなかったために、司会進行に齟齬が生じた。「司会担当のお得意様が機嫌を損ね、冷汗をかきました。しかし、上司はなぜかすべての責任を私に負わせ、他の社員がいる前で叱責したんです」
ステージ3・大きなショックや変化
すでにこの頃、6 カ月間の平均時間外労働は月85 時間を突破。多い時で100 時間を超えるまでになっていた。そんな彼に新規開拓先を新たに担当するよう、上司から指示が飛ぶ。