巻頭インタビュー 私の人材教育論 型破りな抜擢で 人材を埋もれさせない 社員第一の経営
一眼レフカメラ用交換レンズを筆頭に、各種カメラ用レンズの製造・販売を手掛けるタムロン。
創業者の“人を大切にする想い”に触れた小野守男現社長は、社長に就任した2002年から、社員第一主義を掲げた経営を実践している。
社長自ら社員1人ひとりの声を直に聴く面談を行い、個々人の能力を活かした人材の適材適所を実現。さらに利益の多くを社員に還元することで社員のやる気を促し、企業競争力を高めることに成功している。
創業社長に学んだ人を大切にする想い
── 小野社長は中途入社だそうですね。入社の経緯からお聞かせください。
小野
高校を卒業してトヨタ系の自動車部品メーカーに勤めていたのですが、転職を思い立って職業安定所(現・ハローワーク)に紹介してもらったのがタムロンでした。何をやっている会社なのかも詳しく知らないまま人事部長との面接にのぞみ、家に帰ったら「明日、社長が会いますので、もう一度来て欲しい」との連絡があったのです。前の会社には8 年いましたけれど、社長の顔など遠くからしか見たことがなかった。飛び込みの応募者に社長が会うなんて信じられませんでした。1974年のことですから、ちょうどオイルショックで世の中が大変な時でした。
翌日、会社に出向いてみると、社長(新井健之氏=創業者)自ら出てきて、挨拶もそこそこに「お前さんは3 カ月もたないな」と一言。「お前さんがいた前の会社の社長は友達だから良く知っている。そこから移ってきたやつは全員辞めた。すぐに辞めた」と。それを聞いて私は、意地でも3 年居てやろう。何を言われても3 年は我慢してやろうと思い、結局、タムロンに入社することにしたのです。
ところが、実際に仕事に就いてみると、それはもう忙しい会社で、入った月から50時間の残業をさせられました。それが月を追うごとに増え、瞬く間に200時間を突破。200時間というと、今の1 カ月分の通常労働時間より多く、これじゃ普通の人はもたないなと思ったものです。私の場合は幸い、前の会社があまりにもヒマだったので、仕事がやれることが嬉しかった。入って2年めには部長をやらされ、あっという間に5 年経ってしまったわけです。
── 2 年めに課長を飛び越して部長になるなんて、すごい昇進ですね。どんな仕事をされていたんですか。
小野
当時任されていたのは生産管理です。半年ほど不動産営業の経験があったので、希望は営業だったんですけどね。人事部長から「営業ができるんなら生産管理もできるだろう」という、今考えれば理解しがたい理屈で説得されて生産管理をやらされたのです。
ところが、この仕事は割と私の性に合っていて、それほど不満もなく仕事を続けることができた。そうしているうちに、私の上司が1 年で6 人も辞め、私が部長にさせられたわけです。
社長はとにかく厳しい人で、怒られたら寒気がするほどでした。隣の部屋でその声を聞いただけで辞めた人がいたほどです。もちろん優しいところもありましたけどね。
── 小野社長は、創業社長に出会って、徹底的に鍛えられていくわけですね。たとえば、どんなことを教えられたのですか。
小野
「 現場、現物、現実」の「三現主義」を徹底的に叩き込まれました。事故やトラブルなど、いろいろなことを社長に報告に行くのですが、それが部下や人の話を聞いただけなのか、自分で現場や現物に当たって確認したものなのか、社長にはひとめで見抜かれてしまう。現場や現物を確認していない者は、自信がないのでオドオドしているからです。そうすると雷が落ちる。「それは本当に自分の目で確かめたのか。現物を見たのか。なに!?、報告を受けただけだと。バカヤロー、自分の目で確かめてから報告に来い」という具合です。逆に、ちゃんと現場、現物を確認して報告する者に対しては一言も言わない。あれはすごいと思いましたね。この三現主義は、私も使わせてもらっています。
── お話を伺っていると創業者は、厳しい中にも人間臭い一面を持っていた印象を受けます。小野社長が辞めずに頑張れたのも、そういう一面に魅かれたからとも言えるのでしょうね。
小野
もう1 つ創業者から学んだのは、人を大切にするということです。
一般的に、職安の紹介で飛び込んで来たような者に、社長自らが面談をするなどということはありませんよね。しかし社長は会ってくれた。やっぱり、この人のために頑張ろうという気持ちになるのは自然ですよね。
そこで私も、社長になってしばらくは忙しさにかまけていましたが、3 年めくらいから社員面談を始めました。合間を見て1 人ひとり社長室に招き、話をするようにしたのです。今のところ本社社員約600名が対象で、4 年間でまだ6 ~ 7 割が終わった段階。短い人は数分、長い人は2 時間にも及ぶことがありますが、とにかく直接会うことで、まずは社員の名前と顔を覚え、いろいろな話をすることが大切だと思っています。