連載 ベンチャー列伝 第 9 回 顧客とふれ合う場を持つことが 働きがいと学ぶ意欲を生む

バッグメーカーの老舗イビサは、創業以来「お客様が第一」という企業理念を掲げている。そして、従業員と顧客の接点が生まれる場を創出することで、従業員の働きがいや自ら学ぶ意欲を高めてきた。経営環境が変化しても、すべての答えは顧客の中にあるという。
120万の会員顧客を持つブランド「イビサ」の歴史
イビサは、ブランド「IBIZA」を掲げる老舗のバッグメーカーである。職人に依存せず、女性パートを中心とした“準社員”によって生産できる仕組みを確立。教育によって、他に見られない高い品質を担保している。また、販売面でも外部の卸売業者を通すことなく、直営のショールームや全国の百貨店で直接販売を行っている。販売員の教育も熱心で、きめの細かいサービスにつながっている。
しかし同社について何より注目すべきは、実に120 万人ものファン(会員顧客)を獲得していること、そしてその背景に、高い従業員満足(ES)を実現していることである。この仕組みをつくったリーダーが、創業者であり現会長の吉田茂氏だ。
吉田氏が最初に就職したのは、皮革を扱う名古屋の商社・岩田産業。ここで皮革についてのノウハウを徹底的に学んだ後、1965年5月、32歳で独立。東京・鶯谷に、のちの吉田オリジナル、そしてイビサに発展する有限会社吉田商事を設立、皮革専門の問屋としてスタートする。当時としては珍しい手染めの革や、デザイン的に折りめをつけたプリーツ革など、オリジナルの革を発表、次々とヒットを生む。好奇心旺盛な吉田氏はそれだけでは物足りず、自らバッグの製作も始める。当初、それは販売するための商品ではなく革を売るための見本品だったが、やがてその見本品そっくりのデザインが市場に出回るようになる。革が売れる代わりに、アイデアが使われてしまったのだ。「これなら自分で作ったバッグを自分で売るほうがいい」──この出来事が吉田氏のうちに、モノづくりに対する想いを湧き立たせた。
この頃、友人に儲かると誘われ、喫茶店の経営も始めた。日銭が入る未知の商売が魅力的に思えたが、結局、1000万円近くの損害が出る。吉田氏はこの苦い経験から「これではいけない、本業を大切にするべきだ」と考え、改めて自らの本業である“革”一筋でやっていくことを決意。それには、革を使って製品を作るしかないと一念発起し、1967 年、バッグ作り先進国のイタリアを中心に、ヨーロッパヘ修行に旅立った。
目線はあくまで顧客に──企業理念誕生秘話
渡欧中のスペインでたまたま立ち寄ったのがイビサ島だ。そこで自然な革の傷やしわなどの風合いをそのまま生かして作られたバッグに出会う。「これだ!
とひらめきました。帰国後、革を卸す仕事を続けながら、このアイデアをもとに手作りしたバッグを問屋に納めたところ、大変重宝がられました。というのも、当時バッグ職人は徒弟制度で、ある程度確立された技術を伝承しており、私のような素人考えの技術でバッグを作りませんでしたから」(吉田氏、以下同)
吉田氏はこう謙遜するが、このオリジナル製法のバッグは、徐々に好評を博していく。これが、バッグ誕生のきっかけとなった島の名を冠したブランド「IBIZA」の誕生である。
ところがある日、自分が作ったバッグが小売店で安売りされていることを聞き、ショックを受ける。問屋に「小売店から商品を引き上げて欲しい」と言うと「小売店が買ったものは小売店のもので、バーゲンしようとしまいとそれは止められない」というつれない返事。「これでは商売が成り立たなくなる」と考え、1974年に問屋を通さない「作って売る店・青山イビサ」をオープン、直接販売を開始した。
この店舗の他にも百貨店の皮革市で販売するうちに、顧客から「普段はどこで買えますか?」という声が頻繁に届くようになった。そのため、百貨店のハンドバッグ売場にイビサの商品を置いてもらう交渉に成功。小さいながらもスペースをもらうことができた。
バッグを作り販売することには、さまざまな関係者がかかわっており、それによって売り上げが左右される。しかし、吉田氏はこの時、目線はあくまで顧客に置くべきだと改めて感じた。顧客のニーズが一番強力な影響力を持つのだと、身をもって実感したのだ。