連載 ベンチャー列伝 第 10回 顧客意識の醸成には 社員の腹落ちが不可欠
タクシー会社・武藤自動車は「選ばれるタクシー」となるため、ホスピタリティー精神の向上に努めてきた。中でも、皆で自社のサービスについて語り合い、社員自らが改善の具体的な方法を決めていく場を設けていることが、形だけではないホスピタリティーを醸成しているという。
「乗せてやっている」からスタートした意識改革
武藤自動車は、千葉県市川市を中心に、顧客から配車依頼の電話を受ける「無線営業」をメインに運行している珍しいタクシー会社である。大都市圏では当たり前の、駅のタクシー乗り場で顧客を待つ「付け待ち」や、顧客を探しながら街を走る「流し」をほとんどしない。同社のタクシーは直接電話で依頼を受けて顧客のもとに向かう。このスタイルでの経営はムダな走行がなく、業績も顧客のターゲットが絞られているため安定しやすい傾向にある。
同社がこの営業・経営スタイルを実現できているのは、数多くの電話依頼が物語るように、同社のサービスが顧客に非常に支持されているからである。しかし、ここに至るまでには、2代め経営者、代表取締役社長の武藤厚氏の乗務員に対する教育、環境整備への地道な取り組みがあった。
話は、まだ同社が他社と同じように「付け待ち」や「流し」の営業運行をしていた頃に遡る。武藤氏は1978 年、大学卒業時、創業者である父・武藤旭氏(現会長)から「会社を手伝って欲しい」と請われて入社した。だが、待ち受けていたのは「とてもサービス業とは思えない乗務員のマナーの悪さ」(武藤厚氏)だったという。
タクシーは、顧客に乗車してもらって初めて商売になる。ところが、当時の乗務員は顧客に対するサービス意識が薄く、「俺の車に乗せてやっている」「文句を言うのはお客が悪い」という始末。どうしたものかと父親に相談すると、「乗務員の意識改革をしてはどうか」と言われたのだった。確かに、乗務員のサービスが良くなれば、顧客からの苦情もなくなる。サービスが良くなれば仕事が増えていき、利益も出るようになるに違いない。
武藤氏は当初、意識を変えてもらいたい社員と1 対1 で話をした。とは言え、ベテラン乗務員が多かったので、まだ若い武藤氏の言葉を素直に聞き入れる雰囲気ではなかった。
「 意識改革を行うには、まず本人の“気づき”が必要です。気づいてもらうにはそもそも時間がかかる。実際話をすると1 時間から1 時間半は当たり前で、3 時間以上におよぶケースもありました。ただ、そこまで真剣に話をすれば、時間はかかっても本意をわかってもらえる。わかってもらえればその人は、同じような過ちを犯さなくなります」(武藤氏、以下同)
しかししばらく経つと、個別教育の限界と、社員全員を対象とした集合教育の必要性を感じた。具体的に何が悪くて、どう対応すればいいのかを共有し、皆で過ちをなくしていくべきだと考えたのである。
社員の気づきを促す乗務員講習会
そこで月に一度、全乗務員を対象とした月例の「乗務員講習会」を開始することにした。1981 年のことである。開催日は毎月の給料日。普段は出ずっぱりの乗務員が会社に集まる日であるため、参加率が高くなると考えたからだ。
講習会といっても、実際のクレームをもとに、皆で顧客意識について話し合うのが目的である。たとえば顧客からの「行き先を言っても運転手が返事をしない。とても感じが悪かった」というクレームを取り上げた時には、武藤氏はまず「返事をしなかったのはどうしてだろう?」と聞いた。するとある乗務員は「ほとんど皆、返事はしているはずだけど」と反論。「でも、お客様はしていないと言っているけど」と問い返すと、別の乗務員から「前を向いて言ったから聞こえなかったのではないか」との声が挙がる。「じゃあ、どうすればいいと思いますか?」と返すと、「もう少し、大きな声で言えばいいのでは」という対応策や、「でも、耳の悪いお客様もいるしね」「逆に、びっくりする人もいるかもしれない」など、いろいろな意見が出てくる。
そこで武藤氏が「お客様が乗車する時、ドアを閉めていいかどうかの確認に、必ず後を振り向きますよね」と話を振ると、皆は「ウン、ウン」と頷く。「実際、その時に振り向いたまま『どちらまでですか?』と聞いて、さらに行き先を『○○までですね』ともう一度復唱すればいいんじゃないのかな?』と方法を提示する。
すると、「後続の車が来ていて、早く出発しなければならない時はどうするんだ?」といった反論が再び出る。そこで、その状況を実演して、どのくらい時間がかかるかを計るように促した。実際に計ると、ほんの20 ~ 30秒しかかからなかった。「このくらいの時間だったら、後の車に手を挙げて待ってもらってはどうか」と提案すると、皆納得した様子を見せた。