企業事例 新日本有限責任監査法人 タレントマネジメントで 1人ひとりの成長を 見守る風土をつくる
新日本有限責任監査法人では、1 人ひとりが世界共通のコンピテンシーに照らして自らの能力を把握し、能力開発計画を作成している。主要な業務の成果、能力開発の結果および、その他の貢献実績をベースに「ラウンドテーブル」と呼ばれる会議で最終的に評価が行われる。ここは評価だけでなく、1 人ひとりの能力や経験といった人材情報を共有する場ともなっている。この取り組みはタレントマネジメントと言えるが、成功のカギは、人間関係を補完するコミュニケーションを組織が意識的につくり出すことにある。
個人と組織の目標をすり合わせる仕組みを導入
新日本有限責任監査法人(以下、新日本監査法人)は、世界4 大監査法人の1 つ、アーンスト・アンド・ヤングの日本におけるメンバーファームである。国際水準で企業や学校法人などの会計監査や保証業務を行っている。
公認会計士を中心に約6450 名(非常勤を除く)が所属している同法人では、職員1 人ひとりが能力やスキルを世界共通のコンピテンシーに照らして把握し、能力開発を進めるタレントマネジメントを行っている。その背景には、まず同法人が行っている業務の特性がある。
監査とは、経営活動の結果である財務諸表に対してその信頼性を付与するというものである。さまざまなクライアントに対してその職務を担う職員には、経営や財務について精通したプロフェッショナルであることが求められる。そのため、人材育成が非常に重要なのだ。
また、監査法人を取り巻く環境変化も、この取り組みのきっかけとなっている。グローバル化に伴いクライアントのニーズが多様化し、世の中の変化のスピードも加速している。そうした中、クライアントと接している職員たちが、現場で臨機応変に判断や対応を行う必要が出てきた。その時重要になるのが、職員1 人ひとりがどれだけ組織が目指しているものを理解し、実践しているかである。常務理事・人材開発本部の山﨑博行氏は言う。
「高度成長時代の組織と個人の関係は、組織の目標に個人が従っているような関係でした。ところが昨今は、個人の価値観が多様化し、組織と個人の間に乖離が出てきている。個人には個人の目標や夢があり、組織には組織の目標があります。こうした時代には、両者の目標をうまくすり合わせられた時に人材の力を最大限に活用でき、組織の目標も達成されるのです。組織として、このすり合わせを確実にするためにも、職員を支援する新たな仕組みをつくる必要性を感じたのです」
個人の成長を複数の眼で見守る人材育成サイクル
こうした背景から2008 年に導入されたのがPMDP(Performance Management& Development Process)である(図表)。これは、各人の自律的成長をサポートする人材開発と評価のプロセスであるとともに、個々人の目標と組織の目標を融合させ、組織全体のパフォーマンスを向上させることを大きな狙いとしている。また同法人には、人が成長するために欠かせない学習する機会「ラーニング」、良質な経験「エクスペリエンス」と、それをつなぐコミュニケーションである「コーチング」という人材育成のためのフレームワークがあり、PMDP はこれらを具現化するプロセスとなっている。
PMDP では、複数の立場の人間が1人ひとりの成長を見守る。複数とは「カウンセラー」と、日常業務の中で仕事ぶりを評価する「FB(フィードバック)プロバイダー」が複数人、さらに、FB プロバイダーの評価をチェックする「FB レビュアー」である。
カウンセラーには、原則としてその職員が所属する部門から、上司ではない管理職(マネジャークラス以上)が就き、職員の中長期的成長を支援する役割を担う。一方、上司は、FB プロバイダーとして職員の仕事ぶりや業務上の成果を日常業務の中で見て評価する。この評価結果を受けて、カウンセラーが能力開発の結果やその他の貢献実績を加味して総合的な一次評価を行う。つまり、上司ではない他の管理職が、カウンセラーとして職員の成長をサポートし、能力を最大限に引き出す役割を担っているわけだ。
カウンセラーが上司でないのは、同法人の業務が特殊であるため。監査などの業務は通常プロジェクト単位で行われ、概ね週単位で異なるプロジェクトを進めていることが多く、それに応じて上司も代わることになる。そのため、FB プロバイダーも複数のプロジェクトの上司が担うことになるからだ。
カウンセラーが上司でないことにより、職員は安心して仕事や自分の能力開発について相談できるばかりか、カウンセラーも目先のことにとらわれず、長い目で見守り、アドバイスしていける。
ちなみに、カウンセラーは1 人当たり平均で3 ~ 5 人の職員のカウンセリングを行っているという。新日本監査法人には約6450 名の社員・職員がいるが、2009 年9 月現在、カウンセラーの人数は1600 名に達している。
能力開発と情報共有を行う年間の流れ
PMDP の年間の流れは、主に次のような手順で進む。
●能力開発計画立案