講演録 メンタルヘルス最新事情 育てれば戦力になる── 増え続ける現代型うつへの 適切な接し方
2009 年8 月27 日~ 28 日、東京・日暮里にて、日本生産性本部メンタル・ヘルス研究所主催の第31 回メンタルヘルス大会が開催された。「人と組織~今こそつなごう、想いと心~」と題したこの大会には、働く人のメンタルヘルスにかかわる、多くの企業人や大学関係者、産業保健スタッフなどが集った。本稿では、28 日の筑波大学大学院 社会医学系教授の松崎一葉氏の講演から、現代のメンタルヘルス不全に対応するために重要な考え方や、昨今特に注目が集まる「未熟型( 現代型) うつ」の、従来型うつとの違いや対処の方法などについての箇所を中心に紹介する。
円滑な復職には職場の改善が不可欠
私は精神科産業医を務めているが、一般の臨床精神科医とは異なり、職場でのメンタル不調予防を主眼とした精神医学を専門に労働者のストレスに関係した研究を行い、科学的エビデンスをもとに、組織や企業の現場で実践的な予防施策を提言している。
昨今、自殺者の数は一向に減少せず、うつ病になる人も増えてきている。うつ病は、精神科・心療内科のクリニックで抗うつ剤を処方してもらい、カウンセリングを受ければ確実に良くなる。しかし、うつ病になった原因が職場にありながら、その環境を改善せず、治療後に患者をもとの環境に復帰させれば再発は必至である。その部分に焦点を当てていないことが、今の精神医療の問題であるように思う。
職場の環境を改善するには、本来であれば産業医が中心となり、不調者の上司や人事担当者と話をしながら進めるべきであるが、それがなかなか難しい。また、中には「うちの職場を変えるつもりはないし、変えられないから本人を鍛えて欲しい」などと言う上司もいまだに多い。そんな状況を放置せずに、産業保健スタッフや人事担当者が職場環境におけるメンタル啓発活動に積極的に介入する必要がある。
さらに近年は、これまでの対処法では対応できない新しいタイプのうつ病――「未熟型(現代型)うつ」が増え、企業の現場や人事担当者を悩ませている。これは「仕事には行けないが好きなことはできる」といったもので、従来の、すべてに意欲がなくなり「死にたい」と自責的になるうつ病とはその対処法もまったく異なる。そこで、昨今のメンタルヘルス不全を正しくとらえて対処するために、まず症例のタイプを把握する(診立てる)方法と重要性について指摘しておきたい。
原因はどこにあるかを会社側も把握する
図表は、メンタルヘルス不全の発症には、本人の素因・性格傾向(個体側要因)と、本人を取り巻く職場環境・労働条件(環境要因)が複合的に作用することを表している。
図の左側のゾーンに当たるものは、本人の素因・性格的傾向が大きな発症要因となっている状況であり、どんな環境であっても発症する。症例としては遺伝的素因が多いと言われる精神障害や人格障害などが相当する。一方、右側のゾーンは逆に、本人の素因にはほとんど関係なく、ほぼ環境要因によって発生してくるメンタルヘルス不全である。たとえば、月に200 時間を超えるような超過勤務が継続したり、パワハラなど明確な労働状況の劣悪性があれば、当人がどんなに屈強でストレス耐性が強かろうとも、メンタルヘルス不全が発症するということだ。
私たちが多く遭遇するメンタルヘルス不全は、真ん中辺りに位置する。つまり、職場環境の問題もあれば個人のストレス脆弱性も影響しているのである。このように、個々の症例がこのモデル図のどの辺りに位置付けられるのかをまずイメージし、疾病の成り立ちを理解する。この視点を治療者、産業医、そして事業者側が持ち、そのうえで本人に対する精神科治療だけではなく、職場環境の調整を同時に進める戦略を立てることが、昨今のメンタルヘルス不全対策には必須である。