My Opinion② 個々人が主体的に学ぶ組織には 信頼関係と対話がある
自ら学ぶ社員は、企業にとっても成長を期待される人材であることが、東京大学とダイヤモンド社の調査によって明らかになっている。
では、どうしたら構成メンバーが皆、主体的に学ぶ組織ができるのだろうか。
それにはメンバー同士の信頼関係、リーダーシップ、そして対話の3 つがカギとなる。
本稿では、これまでの組織学習論研究をなぞり、特に個人を主体的な学習者としてとらえた実践コミュニティ論に注目しながら、メンバーの学習を促す組織づくりには何が必要かを明らかにする。
主体的に学び始めたビジネスパーソン
最近、ビジネスパーソンが、仕事以外の時間に主体的に行う学習が注目されている。ある調査によれば、20代、30代の若手社員の約3 割は、社内外で行われる「(営利や宣伝を目的としたものではない)勉強会や研究会」に自主的に参加している*1。また、大手企業に勤務する男性ミドル(35~45歳)20人に行ったインタビュー調査では、14人ものミドルが通勤時間中や土日に、読書や情報収集といった自己学習を行っていた*2。
個人が主体的に行う学習は「自己調整学習」と呼ばれる。自己調整学習とは、学習者が情報を受け身的に受容するのではなく、学習目標の達成に向けて、自らの行動や思考を組織的に適用していくような学習のことである*3。
たとえば、企業で働くミドルが業務変革に直面した時、自分に足りない知識やスキルを自覚して本を読む、研修や通信教育を受ける、あるいは社外の研究会に参加するなど、自分に適したやり方で主体的に学ぶことは、自己調整学習ということができる。社員が自己調整学習を行うことは、経営環境の変化に適応し続けなくてはならない企業にとっても、望ましいことである。
東京大学とダイヤモンド社が2007年に共同で行った調査では、社内の研修や職場内のインフォーマルな勉強会、社外のセミナーや研究会などに積極的に参加している社員には「将来は経営にかかわりたい」、あるいは「専門性を活かして活躍したい」といったキャリア志向が強く見られた。主体的に学ぶ社員は、企業にとって成長が期待される人材でもあるのだ。
「主体的な学習」と組織文化の関係
一方、主体的な学習をポジティブに見過ぎることに警鐘を鳴らすのが、組織行動学者のエドガー・シャインである*4。シャインは、学習には新しいことを学ぶことへの不安がつきものであり、多くの人はこの「学習不安」から学習に抵抗を示すと言う。
人が学習を始めるのは、生きていくためには変わらなければならないという「生存不安」が、学習不安を上回る時である。このためシャインは、社員て生存不安を自覚させるような、強い働きかけを行うことが必要だとし、「組織文化」に着目した。社員の学習を促すには、社員に「学習しなくてはならない」と思わせる組織文化が大切だと言うのである。
組織文化とは、“組織の方針、目標、慣行、手続きについてメンバーが共有している知覚”である*5。ある公務員組織に関する調査では、所属する組織が学習を奨励しているとメンバーが感じている(学習する組織文化がある)組織では、メンバーの組織へのコミットメントや職務満足度が高いという結果が出ている*6。
しかし、組織文化による学習の促進にはマイナスの側面もある。そうした組織文化の“影”について描いているのが、文化人類学者のギデオン・クンダだ*7。クンダは、1980 年代に世界のコンピュータ市場を席巻した米DEC 社で「燃え尽き症候群」にかかったエンジニアたちについて詳細なフィールドワークを行った。当時DEC 社は、「自律・自由」が尊重される「自由で闊達な文化」を持つことで知られていた。その組織文化は、研修や講演などのさまざまな儀礼、ビデオや小冊子などを通じて社員に共有され、DEC 社は一見、組織文化の変革に成功した企業であるかのようであった。しかし“自律・自由”な組織文化の中でも、同社のエンジニアたちは同時に激しい競争にさらされており、そうした組織の文化に過剰に適応してしまった者は、やがて燃え尽きていった。シャインやクンダは、メンバーが主体的に学ぶ組織づくりには組織文化が重要であること、しかし組織文化の過剰な刷り込みは、逆にマイナスの結果をもたらすことを指摘したのである。
それでは、メンバーが主体的に学ぶ組織には、何が求められるのだろうか。本稿では、これまでの研究を振り返りながら、メンバーが主体的に学ぶための組織づくりについて考えてみたい。
学習するのは組織か個人か
組織における学習を扱う理論としてまず「組織学習論」と「実践コミュニティ論」について簡単に説明する。
組織内の学習について研究してきた学問が「組織学習論」である。「組織学習」とは、組織の長期にわたる動的な変化、発展プロセスを指す(安藤2001)*8。組織が利益や成果を上げていくためには、長期にわたり継続的に環境適応し変化していかなくてはならない。この組織の長期的な変化のプロセスを扱うのが組織学習論である。