My Opinion① 個々人が問題を見つけ 解決していくサイクルが 自ら学ぶ風土を生む
かつて企業にとって必要だったのは、強力なリーダーシップだった。
しかし、現在の企業にとって必要なのは、自ら学び、自らのキャリアにつなげていく自律型人材である。
そう言われて久しいものの、企業現場での自己学習は、実態として芳しいものとは言い難い。
個々人の学びを妨げるものは何か。 それは閉塞感のある企業体質に他ならない。
社員個々人が自ら考え、主張し、行動できる企業体質こそが、自己学習を促し、社員を成長に導くのである。
“教え込み”と“学び”は対極にあるもの
日本企業における個人の学びはこれまで、自ら学ぶというより、上からしつけられ、教え込まれ、規範を与えられる側面を強く持つものが主流だった。現在、そんな中小企業A 社に対して支援をしている。
A 社の創業者は誰が見ても尊敬に値し、常に言行一致で嘘がない人物であった。それゆえにトップマネジメントへの強力な求心力が働き、組織はあたかも軍隊のように整然とした規律のもとに運営されてきた。
一枚岩の強い組織に見えるが、実は1 人ひとりには欠けているものがある。特に50 代以上の幹部社員は、新しいことを考えていく、という気概を持っていない。まじめで一生懸命なのだが、トップから何か指示されるまで、いつまでも待っている。ただ、長年、厳しくしつけられてきただけに行儀は良い。朝の経営会議の5 分前には全員が揃い、「起立! 礼!」の号令のもと、整然と儀式を営む。今時の大企業では、まず見られない光景だ。
会社の経営状態は、利益率が1 % 程度で低迷しているが、やり方次第では7 ~ 8 % 程度までには持っていけるはず。そのためにも社内カンパニー制への移行を検討中だが、もしこのカンパニー長に、従来型のよくしつけられた幹部社員たちを据えてしまうなら、同じことの繰り返しになってしまい、変革の意味がなくなってしまうだろう。“自ら学ぶ風土”とは、規範が守られ、しつけが良くできている風土と同じではない。自ら学ぶとは、自分自身の頭で考えることだ。しつけが良い人は、往々にして考える時の枠組みが、組織から与えられた域を出ないことが多くなる。その枠の中だけで、仕事をいかにうまくやるかを考えようとするからだ。
売上高が数千億円の大企業でも、似たようなことは起きている。しつけの行き届いた優良社員であっても、自ら考える力を持たない人たちが今、役員になろうとしている。
自分の頭で考え自分の言葉で語れるか
最近、経営者養成コースが一種の流行のようになっていて、わが社でも多くの企業から依頼を受けている。受講者の中には、半年もすれば良い意味で変わる人が出てくるが、50 歳以上の人たちは残念ながら歩留まりが悪い。40 代前半になると、少し良くなる。最近は30 代で抜擢される人もいるが、この人たちは明らかに歩留まりが良い。仕事の仕方に問題があるから、上の年代ほど、年とともに考える力をなくしてしまっているのだ。40 代の人も、あと10 年間同じことをしていたら、今の50 代と同様の未来が待っていることに早く気づいて欲しい。
変わるためのカギは、考えることの「中身」だ。物事の意味や価値、目的を考えながら仕事をしている人と、仕事のやり方だけを考えている人では、やがて決定的な差が出てくる。
お手伝いしている別の中小企業B社では今、社内でさまざまなプロジェクトが立ち上がっている。若い人たちが生き生きと取り組んでいる様子で頼もしくもあるが、よく観察してみると微妙にズレがある。たとえば「お客様対応」をテーマに掲げるチームでは、顧客への対応の仕方について熱心に議論しているが、何だか変だ。議論を進めていくうちに本来のプロジェクトの目的が見失われ、見当違いの方向へ進んでいこうとしているのに誰も気づかない。
実は卸売企業であったB社は、「卸売体質から小売体質への転換」をコンセプトに掲げ、現社長の強力なリーダーシップで変革を進めようとしている。こうしたプロジェクトは本来、トップのビジョンに沿った形で展開されるべきものである。そのために部長クラスがまずその意味を理解したうえで主旨を下へ伝え続けねばならないはずなのに、それがまったくできていない。部長クラスが社長の想いをかみ砕いて伝えていく努力をしていないものだから、若手は方向性を見失ってしまっているのだ。私は6 人の部長たちと話し合い、会社が向かおうとしている方向性について尋ねてみた。すると、誰もプロジェクトの意味、価値、目的について、自分の言葉で明確に語ることができなかったのである。