巻頭インタビュー 私の人材教育論 環境を整え 方向付けさえできれば、 人の能力は拡大する
顧客の願望やニーズを先読みして応えるサービスが感動を生む────。
それを実現するために不可欠なホスピタリティについてわかりやすく解説してくれているのが、ザ・リッツ・カールトン・ホテル・カンパニー元日本支社長の高野登氏が記した『リッツ・カールトンが大切にするサービスを超える瞬間』(かんき出版)である。
この本によって、リッツ・カールトンのサービスは大きな反響を呼んだ。
また、そのおかげでお客様の期待値が上がった面も否めないと高野氏は笑う。
しかし、期待値の高さはやりがいの高さでもあり、従業員の士気も同様に上がったともいう。
ホスピタリティの重要性と、それをいかに高めるかについて高野氏に伺った。
自分がやったことで人が喜ぶことが嬉しい
── 高野さんが2005 年に上梓された『リッツ・カールトンが大切にするサービスを超える瞬間』は、20 万部を超えるベストセラーとなり、大きな話題を呼びました。この本によって「ホスピタリティ」という言葉が、心からの“おもてなし”という意味であると理解した人は多いと思います。私も、サービスはマニュアル化できても、ホスピタリティはマニュアル化できないということを教えられました。
高野
この本は本来、ホテル業界で働く若い人たちに向けて書いた本です。ところが、違う業界の方々から多くの反響をいただき、本当に嬉しく思っています。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のmixi(ミクシィ)には、「サービスを超える瞬間」のサークルが10 個以上もできて、今でも活発に意見交換されています。
読者からの意見の中で圧倒的に多かったのは、「これまで自分がやってきたことは間違っていなかった」「これに気づくことができて嬉しかった」という言葉です。効率化ばかりが追求される中で、「そこまでやる必要はないよ」と言われることにおかしいと感じていても、どう反論していいかがわからない──。そうした、やり切れない想いを抱いている人たちがとても多いことを物語っているのです。
そもそも、ホスピタリティの心とは、相手を理解したいと思う気持ち。誰の中にもふつふつとあるものなのです。
── しかし、ホスピタリティ精神の多寡は人によって違いますよね。
高野
ええ。ホテル業界に入ってくる人を見ていて非常に興味深いのは、どういう子供時代を送ったかで、ホテルマンとしての5年先、10 年先までがなんとなく見えてくるということです。
自我が芽生える3歳くらいの時期。台所で料理をしているお母さんを手伝ってお皿をテーブルに並べる。それを、お父さんが「偉いなぁ」とほめる。子供は得意気に笑う──。
この子供は、ほめられたことが嬉しくて笑っているのではありません。自分がやったことで、人が喜んでいること自体が嬉しいのです。こうした光景が繰り返されることで、ホスピタリティの心が養われていく。そういった環境で育ってきたホテルマンは、顧客満足のための教育など受けなくても、どうやったらお客様に喜んでいただけるかを自然に考えます。
── リッツ・カールトンが採用を重視するのは、そうしたホスピタリティへの感度の高い人を選ぶためですか。
高野
そうです。リッツ・カールトンというブランドを体現するには、リッツ・カールトンの理念や使命、価値観、つまりクレドに共鳴し、共感してくれる人でなくてはなりません。
クレドは次のようなものです。
「リッツ・カールトン・ホテルは、お客様への心のこもったおもてなしと快適さを提供することをもっとも大切な使命と考えます。
私たちは、お客様に心あたたまる、くつろいだ、そして洗練された雰囲気を常にお楽しみいただくために、最高のパーソナル・サービスと施設を提供することをお約束します。
リッツ・カールトンでお客様が経験されるもの、それは、感覚を満たすここちよさ、満ち足りた幸福感、そしてお客様が言葉にされない願望やニーズをも先読みしておこたえするサービスの心です」
サービスの技術や技能は訓練すれば習得できます。知識もキャリアを積めば身につくでしょう。しかし、その人の人格や価値観は長い時間をかけて培われてきたもの。そう簡単には変えられません。ホスピタリティ精神の乏しい人には、このクレドを実践することは難しいでしょう。
磨き続けることで人は大きく成長する
── 採用でホスピタリティのレベルを測る仕組みがあるのですか。
高野
最も重視しているのは、やはり面接です。面接では、ホスピタリティだけではなく、タレント、つまり才能や性格を含む、人としての資質を兼ね備えているかどうかも探ります。