連載 人材教育最前線 プロフェッショナル編 社員のキャリア形成は 個性と能力を活かしてこそ
2007年12月、富士通ソーシアルサイエンスラボラトリにキャリアデザインサポート室が設立された。その室長に就任した島村泰子氏は、キャリアとは職業における経歴だけを指すのではなく、個人の生き方の表現だと言う。SE、そしてマネジャーとして活躍してきた島村氏は、部下育成に取り組む中で、個人が職業としてのキャリアを描くためには、働きがいや職場の人間関係などの面も重要だと気づいていった。組織が個人のキャリアを考え、力を引き出すには、1人ひとりと心を通わせなければならない。そのために尽力する島村氏に育成にかける想いを聞いた。
上位職に就くことだけがキャリアではない
キャリア開発とは、一般的には職務を遂行するための能力をいかに高めていくか、将来構想のもとに自分が何をすべきかを考えるものととらえられている。なぜなら、キャリアの定義は職務に限ったものと理解されがちだからだ。しかし、本来キャリアとはその人の生きてきた道筋のすべてを指す。
「“キャリア=職位”ではありません。父親や母親など、その人が人生で果たす役割のすべてがキャリア。個人が主体的に自らの適性や能力に応じて、生涯を通じて培っていくものなのです」と話すのは、富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ(以下、富士通SSL)のキャリアデザインサポート室長、島村泰子氏である。職務に限らず、“キャリアとは人生そのもの”ととらえれば、キャリアには上も下もなく、ましてや善し悪しなどあろうはずがない。
とは言っても、個人の生活においては仕事が占める割合が大きく、働く人の幸せと仕事は密接な関係にある。社員が“やりがい”を持って働き続けられるように、企業は社員のキャリアを考えなければならない。だが、今は高度化する仕事を少ない人数でこなさなければならない厳しい状況にある。その中でも社員が意欲を持ってキャリアを考えていこうと思えるためには、職場の人間関係などソフト面も含めたやりがいをサポートする必要がある。そして、キャリアを人生そのものと考えれば、個々人のプライベートな事情や問題に配慮することも大事だ。
そうした姿勢があってこそ、職務遂行のみを目的としたキャリア支援ではなく、個々の社員が個性と能力を発揮できるライフキャリア形成を支援できるはずである。この考え方のもと、島村氏の強い働きかけで、キャリアデザインサポート室が誕生した。
島村氏は、なぜそのように考えるようになったのだろうか。その端緒は、SE として活躍した10年間にある。
事務職として入社した島村氏がSEになったのは、未知なものに対する興味から。当時、希望者は社内の適性検査に合格すればSE への転身が認められ、商学部出身の島村氏もSE になることができた。1980年、SE という職種も認知されていない、IT の黎明期である。
最初の仕事は新聞社向けデータベースの検索エンジンを構築する、4 社共同の大規模プロジェクトだった。
「知識がまったくないままにSE になり、実践の中で技術を習得していくわけですから必死でした」
だが、島村氏がそのプロジェクト内でただ1 人の女性技術者だったことも影響したのか、周りの技術者は皆親切に教えてくれたという。
夢中で仕事に取り組む中で、SE としての職務が果たせるようになると、島村氏はバグ(コンピュータのプログラムの誤り・欠陥)を出さないために工程管理がいかに大切か、痛感するようになった。そこで、次は仕事の全工程がわかるような仕事をしたいと希望。小さなプロジェクトへの異動が叶い、1 年後にはプロジェクトリーダーとなって、5 人の部下を持つまでになっていた。
仕事以外の活動がチームワークを醸成する
この時期、島村氏は悩んでいた。仕事を続ける自信を失いつつあったのだ。
「SE になりたての頃は、技術についていけず、仕事を辞めたいと何度も思ったものでしたが、この時は、殺伐とした職場環境が原因でした」
IT による業務変革の波がSE の仕事を膨大なものにし、仕事に忙殺された職場の仲間は皆、疲れ切っていた。「やらなければならないことが多過ぎて、仲間に気を遣う余裕まで失ってしまった。顔を合わせても挨拶もしないといった状態でした」