企業事例 日立製作所 思いを共有することが 実感を伴う気づきの原点
日立製作所の技術研修所では、主任クラスのSE たちに「SSM ベースのアクションリサーチ」という方法論を学ぶ講座を行っている。この方法論は、ある問題やテーマについて、数値や記号では表現することのできないグループやチームメンバーの“思い”や、経験によって獲得した暗黙知を、言葉や絵などを使って引き出し、共有することで、気づきを触発してグループの学びにつなげていくもの。講義形式の研修などでは得られない、当事者が実感を伴った気づきを得られる仕組みになっているという。
日立製作所の技術研修所では2002年3 月より、主任クラスのシステムエンジニア(以下SE)の成長を促す教育「ISP(Information SystemsEngineering Project)コース」の一環で、「SSM(ソフトシステム方法論)ベースのアクションリサーチ」(以下SSM、詳細は30ページ参照)を活用した講座を行っている。
一般的に、チームで問題解決や組織改革をしていこうとしても、ただ単に解決・改善方法をブレインストーミングしただけでは改善にはつながらない。チームメンバーが「そうか! こういう改善が自分たちには必要なんだ」と、深い実感を伴って“気づく”ことで初めて、改善プランも実行に移され、チームや個人の行動も変わる。これを可能とするのがこのSSM である。
対象者の主任クラスとは、情報システムのコンサルティング、設計、開発、運用、保守・管理など、システム開発に必要な一連の業務をまとめ、統括する立場にある人たち。プロジェクト運営の要であり、入社10年目から15年目、30歳代が中心である。
日立製作所のIT 分野では、受注するプロジェクトが年々複雑化している。そのため同社ではプロジェクトマネジメント環境の整備、支援制度を進化させてきたが、さらに複雑化するプロジェクトに対応するためには、プロジェクトマネジメントの方法を根本的に転換することも必要になった。そこで、「プロジェクトマネジメントオフィス」(PMO)を1998年に立ち上げ、PMBOK *(Project ManagementBody of Knowledge)を軸としたプロジェクトマネジメント制度を導入し、これに合わせ、プロジェクトマネジャーの体系的育成やプロジェクトの組織的な支援体制の構築、評価体制の整備などに取り組んできた。
SSM 講座はこの改革の一環として活用されている。この方法論は企業のコーポレートアイデンティティの策定や問題解決、組織改革などによく使われるものだが、同社の当初の目的は、従来の実証主義に基づいた調査法のフレームワークなどでは扱いきれない、顧客の真のニーズや“思い”を引き出し、システム開発に反映することをめざすというものだった。しかしSSM講座を行ううちに、この方法論が、プロジェクトマネジャーがプロジェクトで直面するコミュニケーションにかかわる問題などへの対処に有効なアプローチであることがわかり、当初の目的達成をめざす中で、まずは複雑なプロジェクトにおけるマネジメントの問題解決を講座の目的とした。プロジェクトマネジメントの制度改革に長年携わってきたモノづくり技術事業部の初田賢司氏は語る。
「受講者たちは、SE として十分キャリアを積んできた人たちばかり。そろそろ、次のステップへと進んでもらいたい人たちです。そこで、もう一段の成長を遂げるために、この講座が有効に機能しています」
なぜこの講座が「もう一段の成長」を促せるのか。その秘密はこの方法論のプロセス──個々人のこれまでの経験を振り返り、経験から得た暗黙知や知恵、また個々人の学びを引き出す。それらを共有しながら本音の対話をすることで気づきを触発し、さらにその気づきを振り返る行為の中で、参加者が同時に気づいていく状態をつくる、というところにある。
思いを共有して気づき学び合うプロセス
現在、同社の技術研修所ではSSM講座を6 日間で行っている。1 泊2 日の宿泊研修を2 回、1 ~ 2 週間の間隔で行い、その間は用意されたテーマに沿ってSSM を実践し、そのプロセスを学ぶ。その後、各々の職場で3 週間のミニプロジェクトを実施し、1 泊2日の報告会で発表するという流れだ。では実際にどういったプロセスを取っていくのかを、ミニプロジェクトで発表された実例から紹介しよう。
まずテーマを決める。A 氏は顧客企業でシステム開発を行っているチームの主任で入社10年目。パートナー会社の社員も含めた、20名弱のチームをまとめるリーダーである。A 氏は、チームメンバーの3 人の部下が経験不足もあり、パートナー会社のスタッフとの協力関係をうまく構築できていないことについて問題意識を持っていた。そこで彼らに、日立製作所の社員としての自分たちのあり方や、仕事に対する姿勢について考えてもらいたいと思い、「日立製作所の社員としてプロジェクトを推進していくとはどういうことか」をテーマとした。メンバーは、彼ら3人とA 氏の他に、所属長と9 年目のSE リーダーを含めた6 名。A 氏がファシリテーターとなって進めていった。