My Opinion② 痛みを伴う本音の議論が 気づきを促し、組織を変える
成人学習論では、大人と子どもの学び方の違いは、大人は何を学ぶか自ら決められることだと言う。
だが企業の中で社員が主体的に学んでいるかというと、現状ではそうとは言えない。
そこで必要なのが“気づき”である。まずは大人自身が「主体的に学べる」という自分の可能性に気づくことから始まる。
そして、“語る場”を設けることで、社員の気づきを促すことができる。
成人学習論で考えられる大人と子どもの学びの違い
成人学習論は、大人の学び方の特徴を論じた学問だが、これを最初に具体的に提唱したのは、アメリカの教育学者であるマルカム・ノールズである。ノールズは「大人の学習を援助する技術と科学」をアンドラゴジー、「子どもを教える技術と科学」をペタゴジーと名付けた(図表)。そしてアンドラゴジーは次の5 つの重要な考え方から成り立っているとした。大人は、①依存的ではなく自己決定的な自己概念を持つ、②経験を蓄積し、それが豊かな学習資源となる、③職場など社会的な役割をこなすために必要な学習に興味を示す(学習へのレディネス)、④仕事や実生活ですぐに応用できる学習を求める、⑤教科や知識中心より課題中心に学ぶ、というものだ。
これらの中でも私が大事だと思うポイントは2 つある。
1 つは①の「自己決定性」。日常生活で、大人は電車の乗り方や、何を食べるかといったことは自己決定できるが、子どもは迷ってしまう。それと同じことが学習活動にも言えるというのだ。つまり、大人の学びとは本来、「上司から言われたから学ぶ」のではなく、自ら「何を学ぶのか」、その内容、目的、方法を選ぶということである。
もう1 つが②の「経験」。子どもの場合、人生経験がそれほどなく、他の子どもとの経験の差もあまりない。そのため、教育を与えるほど、知識がどんどん身につくが、大人はむしろ人生経験あるいは職業経験が豊富であるため、その経験を尊重すれば、経験を利用して学ぶことができる。各自の経験自体を教材に使ったり、研修に活かしたりすることで、より豊かな教育ができるのだ。
たとえば、「皆さんが抱えている課題は何ですか?」という質問から始まる研修があってもいい。自分が経験してきたことの中で、どこに課題があるのかを再認識するのである。研修というと目的や学ぶ内容など、何もかも用意されがちだが、何を学習するかを、受講者の経験に問うのである。これは気づきを促す第一歩となるだろう。
大人の学びにおける気づきの重要性
先のノールズの研究には、その後の成人学習研究者から、「大人をそんなにバラ色に描いていいのか」という批判もある。大人には本当に「自己決定性」があるのか、本当に「経験」を利用して学ぶことができるのか、というわけだ。
実際、大人には自己決定性があると言うが、会社からいきなり「自分で何を学ぶか決めてください」と言われたら、ほとんどの人が戸惑ってしまうのが現状だろう。中には「なぜ何も教えてくれないのか」と怒る人もいるかもしれない。
では大人に自己決定性はないのか、と言うとそうではない。あるにはあるが、多くの人が発揮していないだけだ。なぜなら、子どもの頃から「イスに座って知識を教えてもらう」という習慣が身についてしまっているからだとノールズは言う。社会に出てからも学習活動や研修で自発性を尊重されてこなかったため、自己決定性を持っていることに気づいていないのである。