WAVE 米国HRM最前線[前編] HR部門は管理業務を手放し 企業戦略会議に席を持て
本稿は『Achieving Excellence in Human Resources Management』(Stanford University Press, 2008)の第1 章、“What HR Can Do”を訳出したものである。ここではグローバル競争の激化や、オフショア投資の増大などの外部環境の変化に対応して、米国企業のHuman Resource Management(人材マネジメント、以下HRM)がどのように変革を続けているかが議論されている。最近のHuman Capital Management(人財マネジメント、以下HCM)への移行、戦略的HCMの実践、変革マネジメント、測定方法の向上、組織デザイン、HR 部門の変革といった分野における、米国の最先端のプラクティスが紹介されている。今月号と来月号の2 回に分けてお伝えする。
HRMには何が達成できるのか
グローバル競争、情報テクノロジーの発達、新しい知識、海外投資やその他の数多くの変化が、企業がどのように経営を進めるかに関して常に再検討し、再評価することを迫っている。企業側も(ただ手をこまぬいているのではなく)新しい戦略的なイニシアティブ(率先行動)を立ち上げ、彼らの経営の仕方を大きく変化させている。新しいテクノロジーを活用して組織構造を変革し、職務をリデザイン(再編成)し、人材を再配置し、職務プロセスを向上させることを通じて、グローバル競争の環境に対応しようと努めている。これらの重要な変化は、企業のヒューマンキャピタル(“人財”)のあり方とHR 部門に顕著な影響を及ぼしている。
しかし、企業はHCM のプロセスを適切に変革しているのだろうか。そしてHR 部門の組織を効果的にリデザインしているのだろうか。
過去10年間にどれだけ多くの変革が、人財を企業にとって最も重要な資産にしてきたか──この傾向を指摘していないマネジメントの書籍や雑誌論文を見つけ出すことは、もはや難しくなっている(Lawler2008 *1) 。たとえば「タレント人材を巡る闘い(Warfor Talent)」は、適切なタレント人材を探し出してモチベートし、その能力を開発するという側面にフォーカスした、数多くの論文の主要なテーマとして取り上げられている(Guthridge,Komm, Lawson2008 *2) 。
また多くの企業が年次報告書の中で、人財と知的財産が最も重要な資産であると述べている。そして、ほとんどの企業で“給与”が、最大とは言わないまでも、ビジネスを運営するための最も大きなコストの1 つとなってきている。
例を挙げれば、米国のサービス業では、従業員の給与がコスト総額の70~ 80% を占めている。この給与コストに、訓練やその他のHR 活動のコストを合算すると、HR 部門が企業の経費総額の中で、大きな責任を負っていることがわかる。しかも、その割合は年々増大している。
しかし、人財にかかわるコストの中で一番考慮しなくてはならないのは、給与ではない。もし給与が経常支出の極めて小さい部分しか占めていないとしても、人財がほとんどの企業の業績に大きな影響を及ぼしていることは間違いない(Cascio 2000*3, Cascio andBoudreau 2008*4)。つまり、生産性の高い人財が不足すれば、企業はほとんど売り上げを上げることはできないのである。極めて自動化が進んだ製造工場においても、それを操る高いスキルとモチベーションを備えた人財が必要だ。そして知識労働企業でも、その最も重要な資産である知識を開発・活用し、マネージするのは人財であり、その人財の働きに依存している。バランスシート上には明記されていないにしても、人財が企業の市場価値の大きな割合を占めているのだ(Lev 2001*5;Huselid, Becker and Beatty 2005*6)。
しかし、すべての企業にとって人財が競争優位性の主要な源泉になっているととらえることはできないし、またそうすべきでもない(Lawler 2008*7)。一部には、比較的簡単な職務を効果的に遂行できる人財を有していれば十分という企業もあるからだ。だが今日、多くの企業では、高度に訓練され、モチベートされたタレント人財のチームが競争優位性を生む源泉となっている。そのことで企業がより多くのイノベーションを生み出し、また消費者意識についての知識を得て、卓越した製品やサービスを提供することに成功しているのだ。
そして、数多くの調査結果から、HRのプラクティス(実践プログラム)がその企業の業績に直接な影響を及ぼしていることが確認されている(たとえばUlrich, Brockbank, Johnson, Sandholtzand Younger2008*8)。企業の業績と、そのHR プラクティスとの相関関係についての初期の研究はBecker とHuselid(1998)*9によって行われた。740社を対象とした彼らの調査では、業績を向上させるHR の実践プログラムを熱心に遂行している企業では、従業員1 人当たりの市場価値が最高レベルを達成していることが判明した。こうした結果から彼らは、HR プラクティスが企業の市場価値を決定する際に極めて重要であり、HR プラクティスの改善がその企業の市場価値を大幅に増大させると主張している。さらに、最適の経営を続ける企業が、そのHRシステムのオペレーション上でも戦略上でも卓越したレベルを達成することができると結論付けている。
HR部門の役割
HR 部門が付加価値を生むことができるのは、コントロール(統制)とオーディット(監査)の役割を担うことによってである。しかしこの役割に加えて、もう2 つの別の役割を付け加えることによって、さらに大きな価値が提供できるようになる。Lawler(1995)*10 はこの考え方を採用し、HR 部門が担う3 つの役割を明確化している。
第一の役割はよく知られる「HR マネジメント」の役割(図表1)、そして第二は「ビジネスパートナー」の役割である(図表2)。ビジネスパートナーの役割では、その企業が効果的に業績を達成するために必要とされるコンピテンシーとモチベーションを保有することを支援するシステムとプラクティスを開発することに力点を置く。そして、ビジネス上の課題が討議される時、そのテーブルにHR 部門が席を確保し、HR の視点を提供する。HRのシステムやプラクティスを設計する際には、ビジネス戦略を支援するものをつくり出すことにフォーカスする。さらに、HCM の実践を評価し、そのプロセスの改善にも焦点を当てる。