WAVE 米国HRM最前線[後編] HR部門は、戦略に沿った人財開発と 組織デザインでビジネスを推進せよ
本稿は『Achieving Excellence in Human Resources Management』(Stanford University Press, 2008)の第1 章、“What HR Can Do”を訳出したものである。先月号では[前編]として、HR 部門がめざすべき「戦略パートナー」の役割について紹介した。今月号では、具体的にどのようにしてその役割を果たし、HR 部門も企業の戦略やビジネスを推進していくことができるのかなどについて、アメリカの最先端の考え方を紹介する。
変革を生む
前号で紹介したように、HR 部門の新しい役割を記述することは、HR 部門がそれまでの「HR マネジメント」(図表1)としての役割から「ビジネスパートナー」(図表2)への転換において、第一歩を踏み出したことを示すに過ぎない。過去何十年間にもわたり、ほとんどの企業でHR 部門は管理的業務を遂行するように組織化され、スタッフもそれに沿って配属されてきたため、その役割を変えるためには、その活動と人財に従来とは異なった形のミックス(組み合わせ)が要求されるようになる。つまりHR 部門は、ビジネス戦略と組織デザインの変革を支援するために、自部門自体を再編成することが求められているのだ。さらにHR 部門に属する人財にも、彼らが過去から備えてきたコンピテンシーとはまったく異なる能力を身につけることが求められる(Ulrich, Brockbank,Johnson, Sandholtz and Younger2008*1) 。
またIT 技術の発達が、HR 部門の将来に重要な役割を果たすことも明らかだ(Lawler, Ulrich, Fitz-enz andMadden 2004*2) 。かつてHR 部門で行われていた管理的業務は、今では各現場の社員とマネジャー自身のセルフサービスで処理可能になってきている。と言うのも今日のHR のIT システムでは、ほとんどのHR の管理的業務──給与管理、社内公募(jobposting)と配置、住所変更、家族構成変更、福祉制度、事務処理等々が処理可能で、しかも簡素化され、スピードアップしている。これらのシステムは24時間稼動しており、誰でもどこからでもアクセスでき、便利で効率的な処理が可能となっている。
HR のIT システム化に伴う最高の価値は、HR の活動の統合と分析を可能にする側面だろう。これらのシステムはいずれ、HR 関連の情報に誰もが簡単にアクセスできるようになる可能性を秘めている。その結果、戦略策定の実施をHR 部門がガイドする際に、このシステムを活用できるようになる。(業績分布、従業員満足度調査結果といった)測定基準が容易に追跡でき、分析も可能となるので、企業が人財の能力をさらに効果的に開発し、配置することを支援できるようになるのだ(Boudreau and Ramstad 2007*3,Lawler,Levenson and Boudreau 2004*4)。
HR 部門が今より数段優れた測定基準と分析能力を開発する必要があるということを表す、大きな理由を示そう。まず、我々が行った先の4 回の調査(Lawler and Mohrman 2003a*5, Lawler,Boudreau and Mohrman 2006*6)で、HR 部門を「戦略パートナー」(図表3)に昇格させる4 つの特性のうち、人に関するさまざまな「測定基準」がそのうちの1 つであることを発見した。マネジャーやエグゼクティブは、人財に関する意思決定を補強してくれる測定システムを待ち望んでいるのだ。しかし多くの場合、HR 部門はHR サービスを迅速で安価に、クライアント(=経営層)が満足する方法で遂行するという伝統的なパラダイム(枠組み)に固執する傾向が強く、測定システムの提供にまで至っていない(Boudreauand Ramstad 1997*7, 2003*8)。
HR 部門はその測定において、以前より高度化していることは確かであるが、組織効果性の向上にまで到達しているようには見受けられない。ビジネスリーダーたちはさまざまなHR の測定基準──たとえば離職率、従業員の満足度などの態度意識調査、比較優位性、業績分布といった数値に対して結果責任を問われている。しかし、これらの測定基準を活用して効果的な組織をつくるだけでは十分ではなく、企業の戦略に本格的な差を生むために、HR の測定基準をいかに活用するかが求められているのだ。
Boudreau とRamstad(2007*9) は、戦略的な変革と組織効果性を促すHRの測定システムにおいて、4 つの不可欠な条件を見つけ出している。それは、「ロジック」「分析」「測定」「プロセス」の4 要件である。確かに測定は不可欠ではあるが、他の3 つの要件を欠く場合には、真の目的からかけ離れたシステムになってしまう可能性が高い。
またBoudreauとRamstad は、より成熟した意思決定科学が、測定システムをどのように育ててきたのかを学ぶことによって、HR 部門が大きく前進するとも主張している(1997*10)。そして、そのカギとなるポイントとして、①効率(Efficiency)、②効果性(Effectiveness)、③ インパクト(Impact)の3 つがあることを明らかにした。これらは、資金や消費者といったリソースに関する意思決定と、組織効果性を関連付け、さらにHR の測定方法を理解することにも役立つ。
①の「効率」では、“人事・人財開発ポリシー(制度)やプラクティス(プログラム)をつくるために、どのようなリソースがどれだけ活用されているか”が問われる。効率の典型的な尺度としては、採用1 件当たりに掛かったコスト、空席ポジションを充足するために掛かった時間などが挙げられる。
②の「効果性」では、“人事・人財開発ポリシーとプラクティスは、対象とするタレント人財のプールや組織構造にどのような影響を及ぼしているか”が問われる。これは、ポリシーやプラクティスが、自社のヒューマンキャパシティー(能力、機会、モチベーションが統合された “人財力”)と、自社人財の“一定方向に向けた整合性の高い行動(aligned actions)に対し及ぼす影響を指す。
③の「インパクト」は、3 つの要件のうちで最も困難な問いを投げかける。つまり「タレント人財のプールごとの質や、アベイラビリティー(入手可能性)の差異が、企業戦略の成功にどのような影響を及ぼすか」という問いである。この問いは、タレント人財の区分化の一要素となっている。ちょうど、マーケティング担当が、マーケットを区分する際の一要素として「さまざまな消費者グループの購買行動における差異が、戦略の成功にどのような影響を及ぼすか」を問うのと同じように。
今日、企業で使用されているHR の測定システムは、その多くが①の効率、また②効果性に関する問いを投げかける。この種の“問い”にはたとえば離職率、態度、比較優位といった点への問いが含まれる(Gates 2004 *11) 。しかしどの企業も③のインパクト──さまざまなタレント人財のプールが組織の効果性に及ぼす影響などについては、あまり考慮していない。さらに重要なことには、ほとんどの企業で、HR の測定が最も大きな影響を及ぼすであろう領域、つまり重要なタレント人財の測定に具体的に向けられていないことが挙げられる。今後は非財務的な成果や持続可能性(sustainability)に対する関心をさらに高める必要がある。戦略的HR がこれらの側面にも影響を及ぼしているからだ(Boudreau andRamstad 2005a*12)。
HR決定科学の成長には何が必要か
すでに述べたように、今日のHR プラクティスのベンチマーク、また測定の大多数は、クライアントのニーズに応える上質なHR サービスを提供するという側面を反映した、伝統的な「卓越のパラダイム(枠組み)」に基づいて実施されている。HR の分野では“より戦略的なHR”が叫ばれ始めているが、この戦略的HR においてさえ、クライアントである経営層にとって重要なHR サービスの実践(たとえばリーダーシップ開発、コンピテンシー・システム、取締役会のガバナンス)が取り上げられている。しかしこの伝統的な“サービス提供パラダイム”には根本的に限界がある。なぜならここでは、クライアントが自ら、自分たちには何が必要かを理解していることが想定されているからだ。確かにHR部門にとって、マーケットを反映したHR やビジネスの成果に対する結果責任が重要だと認識され始めてはいる(Gubman 2004*13)。しかし現状では、伝統的なHR サービスの、財務業績との関連の受けの良さやアピール度を測るために、マーケティング技法や業績成果を使っているに過ぎないのではないか。
一方、 財務や会計といった分野では、進んだ方法がとられている。彼らは、このサービス提供パラダイムから脱却して、“決定科学*14パラダイム”に移行しているのだ。彼らはクライアントに対して、優れた選択をするための枠組みを提供している。しかし、そうした財務や会計で用いられている方法を、HR プログラムやプロセスにそのまま適用させるのではなく、財務や会計が、今日彼らが用いている意思決定を支援する機能をどうやってつくり上げたかを学べば、HR の意思決定においても顕著な前進を実現させることができるはずだ。彼らの成長過程は、HR 部門の将来がどうあるべきかについての青写真を提供してくれる。ただ単に他社のHR 部門と比較(ベンチマーク)するのではなく、財務やマーケティングといった戦略的部門に近づくべく成長することに答えが求められるべきなのだ。
たとえばマーケティングでは、決定科学が消費者に対する意思決定を強化しているし、財務においては資金に関する意思決定を強化している。HR の分野では決定科学は、組織のタレントに関する意思決定を強化すべきであり、またその意思決定はHR 組織の内と外の両方で行われるべきである。Boudreau とRamstad はこの決定科学を「タレントシップ」と名付けている。なぜならこの決定科学を使う方法が、現在と将来の従業員が持つ才能・資質(stewardship)── 隠れたものも、すでに顕在化したものも含めて──を向上させる意思決定に焦点を当てているからだ(Boudreau and Ramstad2005a*15、2007*16)。