連載 調査データファイル 第101回 『東北地域のものづくり中小企業の雇用促進に関する調査』より 技術立国復活をめざす 人材の確保と育成(前編)
世界同時不況以前の景気回復期に、日本の製造業は非正社員を中心とした雇用体制を現場に敷いた。しかしそれは就職を希望する若者たちの間に、雇用不安定というマイナスイメージを埋め込んでしまい、若者の製造業離れに拍車をかける要因となった。
今後、たとえ景気が上向きになろうと、現場に技術革新をもたらす人材がいなければ、日本の製造業はグローバル競争に太刀打ちできない。
2009 年に報告された調査データから、2号にわたってものづくり中小企業の人材確保と育成の意識を探る。
1.技術力の確保に揺らぐものづくり大国
景気回復が鮮明化した2003年からリーマンショックに見舞われた2008年秋まで、我が国の製造業は、経済成長のけん引役を果たしてきた。この間、それ以前に懸念された国内製造業の空洞化とは逆に、工場の新増設が活発化し、製造業の国内回帰傾向が鮮明化した。そして、自動車や電機といった基幹産業が、輸出増に引っ張られる形で国内の生産や雇用を大幅に拡大してきた。
景気回復過程で製造業がとった雇用戦略は、コスト削減と生産変動に対応するために、派遣労働者等の非正規社員を大量投入するというものであった。だが、こうした雇用戦略は、結果的にリーマンショック後に「派遣切り」といった失業問題を顕在化させ、大きな社会的・政治的問題となってしまった。これら一連の出来事は、製造業は雇用が不安定といった印象を与えてしまい、過去において問題となった3K(きつい・汚い・危険)職場のイメージと重なって、若者の製造業離れを加速させている。
新興国の賃金水準に対抗するために、派遣労働者をはじめとした非正規労働者を大量投入するといった雇用戦略は、そもそも人件費によるコスト削減効果そのものに限界があるうえ、技術力や熟練技能の企業内蓄積を弱めるといったことをもたらす可能性が高い。人件費の削減によって一時的には利益が出るが、技術・技能の希薄化によって、中長期的な企業の競争力を低下させることになる。
こうしたことから、我が国の製造業が競争力を取り戻すためには、価格競争に巻き込まれにくい高付加価値製品や海外の個別市場に適した製品を、開発・生産していく必要がある。そのためには、企業の開発・生産活動に長期的かつ深く参画する人材を確保・育成する必要があり、雇用の不安定な派遣労働者ではなく、雇用の安定した正社員を増やすことが望まれる。
強固な企業基盤に支えられた経営を推進していくためには、中核的人材を企業内で長期的に育成する雇用戦略に転換することが、不可欠であるといえよう。それゆえ、やる気があり将来性が期待できる人材を、いかに採用・育成していくかが、重要な経営課題の1つとなってきている。
ところで、グローバル化の急速な進展によって日本の製造業も構造転換を迫られているが、中小企業の多くは構造転換どころか存続の瀬戸際に立たされているといった状況にある。部品を大手企業に納入する企業が多い製造業中小企業は、低価格や短納期といった競争力だけでは、成長著しい東アジアを中心とした海外企業に競り負ける可能性が高く、品質や性能といった技術力で差をつけていくことが強く求められている。
価格、納期といった競争力に加えて技術力でも差をつけるためには、技術・製品開発を担える人材を社内で養成していかなければならない。低価格や短納期といった競争力を高めるためには、パートや派遣といった非正社員を活用し、生産変動に柔軟に対応していくことが求められるが、技術・製品開発となると、正社員として雇用して人材を中長期的に育成していく必要がある。
最近の雇用情勢は、大企業が採用を抑制していることもあって、人材確保が難しい中小企業にとっては、千載一遇のチャンスである。こうした状況を踏まえ、昨年度、筆者はものづくり中小企業の人材確保・育成に関する調査研究に参加する機会があった。今回はこの調査研究結果(財団法人東北産業活性化センター『東北地域のものづくり中小企業の雇用促進に関する調査~ものづくり人材の確保・育成方策~報告書』平成22年3 月)の内容を中心に報告することにする。