TOPIC-① ASTD2010レポート 組織外コミュニティで学ぶ時代の 学習とリーダーシップのあり方
グローバルレベルの人材開発・組織開発の国際会議、ASTD2010 International Conference & EXPO が、今年も5 月16日~19日の4 日間、米国イリノイ州シカゴで開催された。タレントマネジメント、リーダーシップ、キャリア開発など近年の主流のテーマがある一方、Twitter やSNS のようなメディアの台頭が時代の大きな波となっている今、組織開発や人材開発はその価値をどう見つけるのか―― 15 年ASTD に連続参加している、人財ラボの代表取締役社長、下山博志氏が、今年の大会の特色をレポートする。
今年で66 回目の開催となるASTD( 米国人材開発機構)InternationalConference & EXPO。毎年世界中から、人材開発、組織開発にかかわる企業、団体の担当者や経営者、大学、研究、政府関係者などが参加する。ここ十数年は8000 ~ 10000 名の参加者があり、8 割は米国からで、残りは海外からの参加者だ。今年の海外参加数の上位国は図表1 の通りである。
この順位は昨年とまったく同様だが、参加者数が最多の韓国はここ数年、常に海外からの最大勢力となっており、人材開発・組織開発にかける意気込み、エネルギーを感じる。中でもサムスン電子は、役員も含め40 名ほどの担当者を送り込み、専用会議室を貸し切っていた。セッション終了ごとに、会場での情報を世界中へ発信している様子が象徴的だった。
日本からの参加者は、ASTD の日本支部、ASTD International Japanが発足した2008 年に264 名と最多になったが、昨年は新型インフルエンザによる渡航自粛が相次ぎ減少。さらに今年は開催日程が大型連休のあとということも関係してか、103 名と決して多くはなかった。それでも、この103名の参加者が、それぞれの視点でこのカンファレンスで得られたこと、感じた様子を伝えるということは、日本の人材開発・組織開発の未来にとって非常に貴重で影響力も大きい。ただし、ここで得られる情報は膨大であり、どのような方法をとっても、262 ものセッションや324 社の展示会、9000名の参加者との生のコミュニケーションの様子などについて、すべてを把握することはできない。したがって、それぞれの参加者の視点から見たカンファレンスの考察はさまざまな意見や考え方であって然るべきであり、その違いに価値があると考える。
幸いにして、日本でもようやくASTD の認知度も向上しており、ASTD 参加者による情報交換会や勉強会などが、さまざまなコミュニティで開催されるようになった。その趣旨もカンファレンスの内容を説明する会から、特定のテーマでダイアログ(対話)を行う会など多様で、今後の人材開発・組織開発を考えるための貴重な学びの機会となっている。我々は、今まで以上にグローバルレベルの多くの情報から、自分たちに必要な情報を取捨選択できる環境を得たと言える。
カンファレンスでは毎回、統一テーマがあるが、今回は「Find YourValue(あなたの価値を見つける)」だった。カンファレンスで得られる多くの情報の中から、参加者それぞれが自分自身にとっての価値を見つけて欲しいという意味合いで付けたテーマだそうだ。
そこで本稿もこの趣旨に従い、単にカンファレンスの内容報告をするのではなく、グローバルの潮流が日本の人材開発、組織開発にどのように影響するのかを考察する。読者それぞれに必要と思われる価値を見つけてもらえると幸いである。
過去3つの大会に見る人材開発の大転換点
私自身15 年以上にわたり、毎年ASTD カンファレンスに参加しているが、何回参加しても、必ず人材開発・組織開発の方向性に示唆のある、価値ある情報や体験が得られている。その中でも、その後の人材開発に大きな影響を与えたと感じたカンファレンスは3 つ――今年と、過去の2 つの大会である。
1 つめは1999 年の第55 回大会で、Web を使った学習、つまりe ラーニング一色になったことが印象的だった。この頃、米国の一般家庭へのパソコン普及率が37%、日本では11% になったという背景がある。この年から3 年ほど、Web を使ったさまざまな学習の仕組みがASTD で紹介され、欧米企業には一気にe ラーニングが浸透していった。その後、ASTD ではe ラーニングを全面に出すようなセミナーは縮小したが、むしろ通常の人材開発のインフラとして浸透し、さまざまな活用モデルに進化。ついには今年、爆発的な広がりを見せるTwitter(140文字で書き込むミニブログのようなサービス)やその他SNS などのソーシャルメディア(社会に開かれたメディア)の活用へとつながることになる。当時日本でも、大手企業を中心にその影響を受け、3 年後の2003 年頃には70% 以上の企業がe ラーニングを導入した。しかし現在も十分に活用して成果を挙げている企業ばかりとは言えず、活用と進化という意味では方向性に差が生じているように考える。
2 つめは、2002 年の第58 回大会だ。それまでは、職場における学習において「キャリアのあり方」や「組織や個人の強さ」に着目していた。それが、この前年に発生した9.11 同時テロやIT バブル崩壊の影響から、人々の価値観の変化(バリューシフト)が取り上げられていた。「組織とのつながり」や「家族や愛」といった、“大切にしたいこと”の価値観の変化が、リーダーシップのあり方や個人のキャリア開発にも大きな影響を与えた年と考える。この価値観がカンファレンスにも反映され、大きな流れが起こる。具体的にはポジティブ心理学をベースとするポジティブアプローチをテーマにしたセミナーが増え始めた。そして前年に続き、より良く生きることをテーマにした「ハピネス(幸福)」をキーワードとするセッションがより鮮明に打ち出されるようになっていった。
この流れは今年のカンファレンスにもつながっている。例を挙げればコーチングの第一人者、マーシャル・ゴールドスミスは、昨年に続き、今年も「MOJO」というコンセプトと研究成果を発表していた。これは、自分自身への前向きな気持ちが、自身の周囲に影響を与えると訴えるもの。そのため、まずは自身の内面から、人生において何が重要かを明らかにしようと言うメッセージだ。重要なのは、仕事のパフォーマンス向上ではなく、人々の幸せに着目していることであろう。
そして3 つめ――今年のASTD2010は、職場における学習のあり方に大きな変化をもたらす転換点となると考えられるほど、意義深いカンファレンスだった。キーワードは「ソーシャルラーニング」だ。今年はIT テクノロジーの進化が、人々の学習のあり方にも大きな影響を与えているというメッセージがカンファレンス全体にあった。「ソーシャルラーニング」とは、ソーシャルメディアを活用したインフォーマルラーニングの重要性を表すキーワードでもある。