第1回 失敗が許されない緊急医療現場の学び シミュレーションで“学ぶ”チーム医療 池上敬一氏 救命救急センター センター長|中原 淳氏 東京大学 大学総合教育研究センター 准教授
このコーナーでは、Workplace learning(職場の学び)という観点から、毎月“学びに満ちた仕事の現場”を訪問し検証していきます。第1回は、人口約170万人の埼玉県東部地区で、特に重篤な患者を扱う三次救急医療を担当する救命救急センターです。
医療現場をめぐる変化
「救急医療現場での人材育成」と聞くと、つい、理想に燃える新人研修医が、先輩医師に見守られながら数々の試練を乗り越えて成長する……といったドラマのような徒弟的な育成の場面をイメージしてしまいます。ところが、今回伺う救命救急センターではセンター長の池上敬一先生が導入した「実物大の患者シミュレータ」を使ったシミュレーション学習による人材育成を行っているとのこと。患者さんの生命を預かる救命救急の現場。失敗が許されない現場での“学び”はいったいどのように行われているのでしょうか。
池上先生が救命救急の現場にシミュレーション学習を取り入れたきっかけは、“危機感”だと言います。それは、「環境変化に対応した人材育成の仕組みを構築しなければならない」というもの。では、医療現場は今、どのような変化に直面しているのでしょうか。そしてなぜ、OJT ではなく人材育成システムが必要なのでしょうか。その理由は主に2 つあります。
(1)医局制度の衰退
医局制度とは、大学病院内のグループ組織が、強い人事権を持って、医師、研修医の職場配置などを決めるという仕組みです。ところが、ドラマ「白い巨塔」でも描かれたように、医局は人事権をはじめ力を持ち過ぎているという批判が多々ありました。そして、2004 年ついに新医師臨床研修制度が実施され、封建的な医局制度はほとんどなくなりました。
これにより、研修医は自由に病院を選べるようになりましたが、同時に若手医師が、医局の指示で強制的にあちこちの病院に配置され、現場経験を積むということがなくなりました。つまり医局が担っていた人材育成機能までも失われてしまい、病院が育成システムをつくらなければならなくなったのです。
(2)豊富な知識を持つ患者の登場
医師と患者の関係も変化しています。患者は、インターネットを駆使してどんどん知識を身につけ賢くなっています。
そのため、患者への説明責任などが重視されるようになり、医師は患者対応や書類作成に時間が取られるようになりました。つまり、医師はコミュニケーションスキルなど医療技術以外の能力を身につける必要性が高まってきたのです。
また、医療安全も重視されるようになり、経験の浅い医師が現場で経験を積むことは難しくなってきました。看護師も同様で、教育副部長の浅香えみ子先生によると「昔は『患者さんが教えてくれる』といった言葉がありました。現場で経験を積みながら、習熟していくことができたのです。今は経験の浅い看護師が現場にいること自体、許されません」とのこと。現場で学ぶというやり方が通用しなくなった現在、それに代わる育成のシステムが必要となってきたというわけです。