巻頭インタビュー 私の人材教育論 成長する人は 仕事を前向きにとらえ 常に最善を尽くす
1911 年に誕生し、来年100 周年を迎えるIBM。世界170 カ国でビジネスを展開するグローバル企業の雄である。
日本IBM が設立されたのは1937(昭和12)年。以来、日本のIT ビジネスを牽引してきた。2009 年1 月、橋本孝之氏が日本IBM の社長に就任。
橋本社長は、経営戦略の最重要課題を「自由闊達な企業文化の醸成」とし、現場へ足を運び、社員と熱い対話を重ねて交流している。
活発な意見交換を重ねることが、社員と価値観を共有するための手段だと考えているからだ。
部下育成は上司の責任であると語る橋本社長の真意、そして教育に対する想いを伺った。
努力を続ける中で仕事の価値が見えてく
──1978 年の入社ということですが、コンピュータが一般的ではなかった時代に、なぜ外資系のIT 企業に入社なさったのですか?
橋本
私は、名古屋大学工学部で応用物理を学びましてね。実は、教授推薦で就職する道もありました。しかし、人生で一度は就職試験というものを受けてみたいという単純な気持ちで、IBM の会社説明会に参加したのです。適性試験を受けた翌日には面接を受け、すぐに内定が出ました。教授推薦の道とIBM の間で迷い、教授に相談したところ、「世界一のコンピュータ会社が望んでくれているのだから、IBM に行ったらよい」と背中を押していただきました。
――入社は偶然の出会い。
橋本
運命かな(笑)。ただ、情報産業は将来伸びるだろうという確信はありました。
――理系出身でいらっしゃるのに、営業部に配属されたとか。
橋本
希望は、大型汎用コンピュータのSE、そして実家から離れたいと思い名古屋以外の勤務地で出したのですが……。現実は、小型機の営業、それも名古屋勤務でした。
同窓生で営業の仕事に就いた者は皆無でしたから、配属が決まった時はショックでした。それ以上に、見込み客を獲得するために1 日に何十社と名刺を配り歩くようになると、なぜ自分がこんなことをやっているのかという思いにもかられました。とは言え、途中で投げ出して逃げるようなことはしたくなかった。がむしゃらにやるしかないわけです。
お客様は中堅・中小企業ですから、社内のIT と言えば電卓だけ。ファクシミリもないという時代です。“コンピュータとは何か”から説明しなければなりませんでした。
――営業の相手は社長がほとんど。父親よりも年上の方々を前に製品説明をしなければならない。臆することはなかったですか?
橋本
当然ありましたよ。入社当初は、1時間しゃべりっぱなし。質問されても答えられない。質問が怖くて、とにかく話す。それじゃあ売れないよね(笑)。
実際は、情報システムを構築することがこれからの企業経営にいかに役立つかを説明する前に、名刺を差し出しただけで断られることが多かった。
当時のタクシーは、乗客をどこからどこまで乗せたかをシートに記録していました。だから、乗客が降りた後もすぐには発車しない。田舎の、田んぼの中に建つ工場までタクシーで営業に行っても、即、断られて終わり。それを乗ってきたタクシーの運転手に気づかれてしまうのが嫌でね。タクシーが発車するのを見届けてから、タクシーで来たあぜ道を歩いて駅まで戻ったことも少なくなかったなぁ(笑)。
そういう時、自分の仕事とは何か、どんな意味があるのか、といったことをつい考える。コンピュータの存在も知らないお客様に、コンピュータを活用することで経営の合理化が促進され、それが会社の利潤につながることを理解してもらうことは、容易ではない。
しかし、考え続けるうちに「情報システムを使ってお客様を支援し、それを喜んでいただいて、その結果として自分の仕事は成り立っているのだ」、「自分の仕事は、社会を変える宣教師のようなものだ」とだんだんわかってくる。そうすると、つらかった営業の仕事が面白くなりました。
何のために自分は仕事をしているのか、そして仕事をすることが自分にとって価値があるということを理解する。それが大切です。それは、がむしゃらに取り組む中で見えてくるのではないでしょうか。仕事の価値に気づけば、真摯に仕事に取り組むことができます。
顧客に教わる一方で部下育成で自らを鍛える
――1980 年代にオフィスオートメーション化が急速に進むと、市場は拡大する一方になりました。やればやるだけ結果が出る時代だったのではないですか。
橋本
IBM のコンピュータを導入しているということが、中小・中堅企業にとってはステイタスになる時代。会社案内の最初の見開きに当社の製品が掲載されるほどでした。ですから、製品が売れるという意味では結果は出ましたが、我々がめざす本来の結果は、簡単には出なかった。
――コンピュータを使いこなしてもらえないということですか?
橋本
ええ。人の問題もさることながら、社内のビジネスプロセスそのものが整備されていない状況では、コンピュータの活用は無理ですから。