OPINION1 役に立たないことに価値がある 感性を磨くには、 日常を逸脱する経験を
人間の感性を科学的に研究し、製品やサービスに応用する「感性工学」。
ロータリーエンジン開発を指揮し、後にマツダの経営を担った山本健一氏が
1980 年代に提唱した比較的新しい技術工学である。
今、なぜ感性が重要なのか、そして、感性を磨くにはどうすればよいのか。
感性工学の権威である長島知正氏に聞いた。
役に立つものが売れない時代
我が国をはじめいわゆる先進国では、身の回りに物が溢れ、「新しいものをつくっても売れない」と言われるようになって久しい。最近では、人々は既にほしいものはなくなってしまい、「ほしいものがほしい」と言う人すらいる。このような消費者心理は、右肩上がりの経済成長時にはなかったことで、モノづくり・製造産業に大きな影響を与えるのは明らかだ。
しかし、こうした事態への対応は容易ではない。なぜかというと、それは20世紀末から21世紀初めにかけて始まった変化が、過去数世紀にわたって積み上げられてきた科学技術の根底にある価値観を大きく転換するものだからだ。
従来、モノづくりにおいては、「良い製品とは、役に立つ=優れた性能の製品である」という、モノをつくる側の論理に従って、性能の高度化や生産方式の効率化が図られてきた。しかし、身の回りに必要なものが行きわたったことで、「役に立つ」「性能が優れている」というだけでは売れなくなった。
その結果、世界から称賛された日本のモノづくり産業が破綻をきたしている。我が国の科学技術は、今でも高い水準にあるとされる一方で、近年、世界的にインパクトを及ぼすような新技術の開発では、米国などに主導権を奪われ、かつて世界をリードした独創的な技術開発力が弱まったとも言われている。製品の技術的水準の高さを競うだけでは、立ち行かなくなったのである。
「感性工学」とは
そうした中、人間の感性をモノづくりに取り入れた日本発の新しい工学、「感性工学」が注目されている。感性工学とは、多様なユーザーの感性を具体的な製品のさまざまな要素に変換する技術であり、一言で要約すれば、「ユーザーの立場に立ったモノづくり」と言える。
従来のモノづくりは、メーカー主導で行われてきたため、質・量共に、ユーザーの欲求や行動を十分に反映していると言い難い。いわば、消費者の顔が見えないまま、モノがつくられてきた。もちろん、ユーザーの声を製品に反映したり、ユーザーが喜びそうなものをつくろうという発想は以前からあったが、「買ってもらえるモノをつくろう」というところで止まっており、そこには思想がない。「役に立つもの、性能の優れたものが求められる」という300 ~ 400 年続いた科学技術の根本の価値観そのものが変わりつつある、という認識が欠けている。
アップルの創始者、スティーブ・ジョブズがなぜすごかったかというと、彼は、これまでの科学の限界を彼流の感性で捉えたからだ。計算機や電話を単なる機械から人間の感覚に近いものにし、外から見えるデザインが優れているだけでなく、人がシステムを感覚的に扱えるようにデザインそのものを変えた。
問題は、日本人や日本企業の多くが、「アップルもフェイスブックも、技術としては大したことはない」と捉えていることだ。「AI の研究で優位に立てば勝てる」と言う人もいるが、そうだろうか。社会は、新しい世界に向かって変わり始めている。これまでの科学技術の延長で捉えてはいけない。日本が世界で通用しなくなった理由は、そこにある。
「かっこいい」乗り物、「かわいい」ファッションなど、モノ離れと言われる今日でも消費者の気持ちを捉えている製品には、何らかの特徴がある。そこに関係しているのが、人間の“感性”である。