人材教育最前線 プロフェッショナル編 高い専門性と学びを通じて鍛える人間力 T字型人材の育成で“個の力”を強化する
日本を代表する商社のひとつ、三井物産。常務執行役員で人事総務部長の小野元生氏は、自身も鉄鋼営業部門で、海外に赴任し貿易実務、事業投資に携わってきた生粋の商社マンである。
現場をマネジメントしていた頃から、人の育成に対する関心は高く、「商社は“人”が全てである。だからこそ、人事は重要な存在なのだ」と語る小野氏。育成に対する思い、そして近年取り組むさまざまな改革について話を聞いた。
実感した“人”の大切さ
常務執行役員で人事総務部長の小野元生氏は、今年で入社35 年目になる。そのキャリアの多くを鉄の営業部門で過ごしてきた。主な商材は石油、ガスの掘削、生産用の油井管や、その輸送用のラインパイプ、厚板、薄板等の鉄鋼製品である。北京、上海、台湾など、中国関連地域の駐在期間も長いが、2 年半前に、何の前触れもなく人事総務部門責任者の辞令を受けた。
「正直、大変驚きましたが、困ったなという感覚はなかったですね。“人の三井”と言っていただくことがありますが、おそらく100 人の社員に聞いたら、100 人全員が『人が唯一最大の財産』と答えるでしょう。総合商社は生産設備を持ってモノづくりはしていません。貿易にしろ、事業投資にしろ、ビジネスは、最終的には取引先との信頼関係の積み重ねを通じて全て“人”が創る価値です。一人ひとりの“個の強化”や“適材適所”は、営業現場にいても当然のことでしたから、この人事もしっかりと受け止めることができました」(小野氏、以下同)
これまでも、室長や営業部長、そして現地法人の社長を務める中で、社員育成は重要なミッションだった。
「社内にはどのような人材が揃っているのか、またビジネスを成功に導くには、誰にどのような力を身につけてもらうべきなのかは常に考えていました。それが全社規模になったのが今の立場だと認識しています」
小野氏が、初めて“人の三井”を実感した経験を振り返ると、入社時期までさかのぼる。
「世界の富の不均衡を、ビジネスを通じて解決したい」。そうした思いから、商社の道を選んだ。勉学に励み、いろいろな活動を精力的にこなしていた学生時代は、自信に満ち溢れていた。だが、入社後、現場で何もできない自分を目の当たりにし、自信は粉々に打ち砕かれたという。
「貿易実務も鉄鋼業界のことも、商社を取り巻く社会のシステムも全く理解できていないわけですから当然なのですが、『これまで何を勉強してきたのか』と自分が見てきた世界の狭さを思い知らされました」
入社から1年近く経ち、ゼロから学ぼうと気持ちを切り替えられた時に支えとなったのは、素晴らしい人々との出会いだった。
「周りを見渡せば、自分の役割に誇りを持ち、高い専門性を発揮している先輩ばかりでした。ひとつの案件が動けば、与信審査に為替、財務、運輸と、それぞれの部門の力を借りることになります。各部署に相談に行けば即座に問題点を指摘してくれるし、何よりすぐ身近にいる営業の先輩方の課題解決力や調整力は素晴らしかった。会社は、“多様なプロ人材”の集合体だと気づいた瞬間でした。それなら、自分はそうした会社に蓄積しているさまざまなノウハウを駆使できる、鉄鋼製品営業のプロ人材になろうと決心したのです」
当時は研修制度も一部に限られており、育成の基本はOJT。小野氏も、自然と先輩たちの背中を見て育った。
「取引先との関係も濃厚でしたね。時に厳しいご指摘を頂くこともありました。職場に戻れば先輩から別の観点で注意を受けます。内に外に“教育の往復ビンタ”を食らっている状態でした(笑)」
時には理不尽に感じる指示に反発もした。だが、飲み会の席での先輩からのアドバイスで、その一つひとつに背景や意味があることも知った。小野氏にとって、先輩との関わりの全てが学びにつながっていた。