J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2016年11月号

CASE 3 織彦 アナログな職人技を後世に残すために デジタルで形式知にして次代に託す 西陣織の技と知恵

職人技が脈々と受け継がれる伝統工芸の世界。
「技は見て盗め」といわれるように、技術継承はアナログな手法に頼ってきた。
だが西陣織の製造卸を営む織彦では、1989年ごろからデジタル化に着手。
トレーサビリティ(生産加工経路情報)システムの導入で技術・材料・品質等の詳細な情報を管理・公開している。
その原点は、暗黙知の伝統技術を形式知化し、後世に伝えたいという思いだった。


樋口恒樹氏 株式会社織彦 代表取締役

織彦
1907(明治40)年、西陣織物の製造業として創業。「ご縁を大切に」「古典に統一したデザイン」「本物を適正な価格で」の3つの経営方針のもと、西陣織の製造卸、呉服販売、和雑貨の加工販売などの事業を手掛ける。伝統産業の染織関連業8社が参画する「日本伝統産業染織工芸協会」のまとめ役も担う。
資本金:1000万円、従業員数:4名(2016年9月30日現在)

[取材・文・写真]=佐藤鼓子・編集部

● 西陣織とは 高度さ・複雑さが阻む技術継承

日本の高級絹織物の代表格である、絢爛華麗な西陣織。5 ~ 6世紀頃、渡来系氏族の秦氏が伝えた養蚕・機織技術が京都の織物の始まりといわれる。応仁の乱の後、西軍の陣地である京都市市街の北西部に位置する上京区や北区などで、職人たちが生み出した織物であることから西陣の名がつけられた。

西陣織は、先に糸を染めて模様を織り出す紋織物だ。織物の経糸(縦糸)は少ないもので2000 本、多いもので8000 本。先染めした緯糸(横糸)を経糸の表に通すか裏に通すかで模様が決まり、昔は人が織機の上に乗って、経糸をつまんで上げ下げして織っていた。1872(明治5)年、西陣織の技術者がフランスなどからジャカード機(フランスで発明された自動の紋織機)を持ち帰り、これが近代化・機械化の契機となった。

西陣織は、織り上がるまでに帯で約25工程、また、京友禅染めの着物では約30工程と両方合わせて約45工程(一部重複あり)と、複雑な工程を小規模事業者で細かく分業している(図1。世襲の家内工業が多い)。特に手機の織り込み技術は織手職人の緻密な経験と記憶が頼りだ。タイミングを誤れば柄が美しく出ず、商品にならない傷物扱いとなる。休憩も織りの進み具合を見計らいながら取るなど、相当な重労働で、熟練技が必要な仕事だ。

複雑な工程と、職人頼みの技術の蓄積は技術継承の壁となり、西陣織も他の伝統産業の例にもれず、後継者不足に直面している。「5年でひと通りの技術は学べても、完成品となると10 年はかかる」と評される技術の高度さが、伝承の障害となっている側面もある。

● 思いと背景 継承と信頼獲得のためのIT化

そんなアナログ中心の、緻密な技術を確実に後世へ残そうと、IT化に着手したのが織彦の樋口恒樹氏だ。創業1907年の同社は、西陣織の工程全体を俯瞰し、職人や企業集団を取りまとめるプロデューサー的な役割の「織屋」を営む。「ノウハウは全て、それぞれの経営者や職人の頭の中」という旧来の体制に、「もし自分や職人たちに何かがあった時には、匠の技や知恵が途絶えて、経営が立ち行かなくなる」と危機感を覚え、1989 年ごろから、手書きだった指示書・報告書などをパソコンで整備・管理し、IT化を進めた。

具体的には、複雑な製造工程を、できる限り一つひとつの手作業に細分化し、日々の作業の中で記録する流れをつくることから始めた(写真)。西陣織や京友禅は1品1品の注文内容が異なる少量多品種生産が中心で、当時はそれを記録するシステムがなかった。そこでどのような糸や材料を使い、いつ誰がどのような技術でどのような加工を施したかを瞬時に把握できる、電子カルテのような生産・加工管理システムを独自に立ち上げた。樋口氏は以下のように振り返る。

「屏風を例にすれば、昔は意匠と技術を伝えるのに、表に織物を切り取った布地を、裏に柄の設計図である『紋意匠図』を貼った“貼り交ぜ屏風”を作り、再度同じ製品を生産できるようにしていました。しかし、全ての生地見本を残すことは難しく、よく売れる品物ほど現物が手元から早くなくなってしまい、模様や特性を控えて記録しておくのが難しくなります。それなら写真で残すのが一番だと考え、写真のデータベース化から始めました」

そうして写真データや生産・加工管理台帳の各作業を細かくコード化し関連づけて、トレーサビリティ(生産加工経路情報)システムの基礎を完成させた。

その後もさらにデジタル化を推し進めたのだが、背景には、バブル崩壊後の総出荷数の低下に対する危機感と、「一部の業者による無理な販売手法への対抗」(樋口氏)もあった。

「無料着付教室や招待旅行で購入させるなどといった商法によって、着物や帯への信頼が失われ傷つきました。小規模の家内工業の我々が対抗するには、“これだけの職人が、これだけの技術と手間をかけて作り上げている”という真実と価値を伝え信頼を回復することでした。その意味でトレーサビリティの公開が課題解決のひとつの切り口になるのではと考えたのです」

生産加工工程の可視化によって、後進に技術情報や商品情報を残すことも可能になったが、これらの情報を公開することにより、呉服店の販売員が、適正な価格で本来あるべき売り方をするツールにもなり、消費者が安心して購入できる機会の提供が可能となった。

● デジタルとアナログが混在 工程のIT化と職人の感覚

製造現場での、デジタルとアナログの観点では、模様の作図と製織に、デジタル(機械)化された部分と、アナログ(職人技)が混在している。工場によっても、デジタル化の度合いは異なる。

模様の作図では、デザイナーによる手描きの図案を、別の職人が手描きで方眼紙に拡大して「紋意匠図」(写真A)に起こす。紋意匠図を見れば、緯糸(模様糸)の色の配置や経糸の上げ下げのタイミング、糸の密度が分かる。

次に、製織工程に入るため、織機の上に設置された装置(ジャカード)に、パソコンで取り込んだ紋意匠図のデータを送る。

なお、1980 年代前半までは、紋意匠図を基に開けた穴に模様の情報を記録した「紋紙」(パンチカード、写真B)を製作。これを織機上部の装置に挿入して情報を伝達していた。しかし直接データを装置に送るようになると、何十kgもの紋紙をトラックで運んだり、装置に挿入したりする作業は不要になった。

紋意匠図情報を直接データ化した「ダイレクトジャカード織機」(写真C)で織る工場を経営する吉村紘一氏は「高齢化した職人も作業がしやすくなり、職人の寿命が延びましたわ」と冗談交じりに話す。

工程の一部がデータ化・自動化されたとはいえ、西陣織を支えるのはまだまだアナログな職人技だ。「いつもと織機の音が微妙に違う」と織機が故障する前にトラブルを見いだすのはベテラン職人の研ぎ澄まされた感覚ならでは。「不慣れな若手の場合、故障してから修理にかかるので、何時間も機械が止まる」と吉村氏は説明する。

力織機よりも手作業中心の「手機」(写真D)を残す工場では、手織機を床の上ではなく湿気の多い土間に置いて、天候によって織り方の強弱をつける。さらに一晩、水につけた糸を、織る直前まで裸電球で乾かしたり、筆で濡らしたりしながら、職人の感覚ひとつで濡れ具合を調整して織る「濡れ緯ぬき」も、伝統工芸ならではの丁寧な手仕事を現存している。

● デジタルの効用 暗黙知の形式知化

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