J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2013年04月号

人材教育最前線 プロフェッショナル編 人材育成の中で伝えつなぐ創業者の魂

『人間尊重』を理念に掲げる出光興産。
上場を果たした2006年までは勤務時間管理もなく、社員には若いうちから責任ある仕事を任せる。そこには、“組織に管理される人間になるのではなく、何事も自ら判断し、働く中で尊重される人間へと育ち、社会に貢献してほしい”という願いが込められている。人事部の古池勝義氏はそんな出光の理念を肌で感じ、次の世代へと引き継ぐ者の一人だ。「教育・育成の仕事を全うして、私を大事にしてくれた会社に恩返ししたい」。販売職をキャリアアンカーとして見据えていた同氏が、なぜ人事の道へと進んだのか。その道程と思いを聞いた。



古池 勝義(Katsuyoshi Koike)氏
1984 年入社。金沢支店経理課配属。石油ガス課、関係会社営業部を経て、1992年横浜支店販売課、1997年人事部店主室。2002年アポロサービス(現・アポロリテイリング)中国営業所長に着任後、組織改編のため出光興産中国支店リテール開発課長に。2004 年人事部教育課、2006年北海アポロ統括部長、同年人事部教育課、2012年人事部主任部員就任。
取材・文・写真/高橋真弓

出光興産
1911年、福岡県門司で出光商会(同社前身)として創業。基幹事業は石油の輸入、精製、販売、および石油化学製品の製造・販売。さらに、油田・鉱山開発や、製油所・石油化学工場の操業技術の輸出など、海外展開にも注力。現在では電子材料、アグリバイオなど、幅広い事業を展開している。非上場の大企業として知られていたが、開かれた企業をめざし、2006 年に東証一部に上場。資本金:1086 億円、連結売上高:4兆3103 億円、従業員数:8243 名(2012年3月末現在)

先輩の働きぶりで触れた創業者の“魂”

「私の実家は蕎麦屋でしたが、両親からも店を継がずに広い世間に出ろといわれていました。とはいえ会社員なんて最初は見当もつきませんでした」そう入社当時を振り返るのは、出光興産で人事部主任部員として人材開発を担当する古池勝義氏だ。出光興産に入社したのは、1984年。入社を決意させたのは、創業者・出光佐三について書かれた1冊の伝記だった。就職活動中に目にした当時の出光興産の会社案内には、「タイムカードはない」「定年も馘首(カクシュ)もない」など、一風変わった社風が書かれていたという。こうした独特の社風に興味を持った古池氏は、創業者の伝記を読むことにしたのだった。「本を読んでしびれました。戦後、壊滅的な危機にさらされても社員を一人も解雇せずに全員で会社を復興させた強さ、さまざまな苦難の中でも正しいと思ったことを貫き通した姿勢――。こうした創業者の魂が生きている会社だとしたら、きっと仕事もやりがいがあるに違いないと思ったのです」出光佐三の理念を継承し、社員の自主性に任せて仕事をさせる、その姿に実際に触れてみたいと考えた古池氏。大学を卒業後、念願だった同社へ入社した。金沢支店で経理の仕事に就くと、まずそこで、商業高校出身の先輩社員の仕事ぶりに圧倒されたという。「社会に出て実際に積み上げてきた実力が、会社の事業を通じて世の中に還元される姿を目の当たりにしました。私は大学を出ていることもあって、ものの数カ月で追いつけるのではないかと正直、勘違いしていたのです。ですが、一生努力、勉強しない限り、こうした姿にはなれないと気が引き締まりました」“卒業証書を捨てよ”という出光佐三の言葉がある。出光では、どの大学・学校を卒業しても出世とは関係ない。社員は日々修行しながら自ら成長し、社会に貢献することをめざす。正にその通りだったのだ。さらに、入社と同時に独身寮に入ると、生活面でも先輩社員から多くを学んだ。日常の細かいところまで指導を受けたが、特に厳しくいわれたのが勉学についてだった。販売に関する法律や経理の基本は、仕事を通じて覚えていけば良いと思っていた古池氏は、「翌日には即戦力になるくらいの勉強をしろ」の言葉に面食らったという。「とても厳しかったですが、やりがいがありました。先輩社員も自ら勉強している姿を見せてくれましたし、後輩ができたら自分が持っているものを教え、次へと引き継ぐのが使命だと考えていたのでしょう。人を育てていくという考えをみんなが持っていると実感しました」食堂を備えた寮から、ワンルームの独身社宅へ替わり、完全に生活が独立した現在でも、先輩、後輩が集まり、一緒に食事に出かけることが多いという。仕事のスキルだけでなく、人間としての成長を大切にする出光の文化が根づいている証である。

小売店への研修で感じた人の意欲を高める喜び

古池氏が初めて研修の講師役を務めたのは入社2年目、同じ金沢支店で石油ガス課に配属され、LPガスの販売を担当した時だった。LPガスは、元売りであるメーカーから卸売店に販売され、契約小売店へと流れていく。そのため、出光と小売店が直接かかわることはない。しかし、小売店を集めた会で石油の情勢やLPガス業界について話してほしいと、担当していた卸売店から依頼があったのだ。「何度か話をする中で、小売店は実家の蕎麦屋と多少近いのではと思い、小売に関する幅広い話をするようになりました。中でもアムンセンとスコットの話は評判が良かったですね」20世紀初頭、世界初の南極点到達を競ったノルウェーの探検家ロアール・アムンセンとイギリス海軍のロバート・スコット。自ら南極点に挑戦することを決め、用意周到だったアムンセンに対し、大英帝国として国の威信にかけて南極点をめざしたスコットは、数日遅れで到達したものの敗北。帰路で遭難し、亡くなった。古池氏はこの話を「目的に対し、どういう準備をするかによって、その成果が決まる」と実際の商売にたとえたという。「研修を重ねていくと、次第に卸売店や小売店の方々が“出光”というものを感じてくれるようになりました。一緒に頑張ろうという気持ちを持って働く中で、成果が上がっていくことを非常に喜んでくれましたし、私自身もモチベーションを高めるきっかけをつくることに大きな喜びを感じていました。今思えば、当時から研修をすることが好きだったのかもしれないですね」

販売店の現場で気づいた人を育てることの重要性

金沢支店から関係会社を経て、横浜支店の販売課に異動したのは30歳の時だった。「ガソリンスタンドなどの販売店をサポートし、きめ細かくアシストしていくことが、出光の燃料事業の最終的な販売を支える仕事だと思っていました。出光の事務系社員としてキャリアを語るなら、販売店担当の経験は不可欠だと、自分から希望したのです」しかし、販売店の能力開発チャートや給与ゲージづくりなどをアシストする中で、自らの力不足に気づいたという。

人材育成に関する基礎やポリシーがないために、本の受け売りのような提案しかできなかったのだ。一方で、ガソリンスタンドなどの小売の現場では、スタッフの接客技術が売上を大きく左右する。そのため社員向けのトレーニングが頻繁に行われ、そうした研修を経てスタッフが成長し、販売店に力がついていく様子を古池氏は間近で見ていた。「将来は支店長をやりたいと考えていたこともあり、人の教育、育成とはどういうものなのか、次第に関心が湧いてきました」

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