J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年06月号

特別対談 震災後の働く人のメンタルケアについて考える 今、人事担当者にできること知ってほしいこと

3月11日に発生した東日本大震災は、甚大な被害をもたらした。
被災者が直面した現実の惨さ、心の傷の深さは計り知れない。
一方で、震災の影響は日本全体に及び、被災地域外の人にもまた大きな衝撃を与えた。
「仕事が手につかない」、「今、自分は何をすべきかわからない」など、震災後、
自らの仕事観、キャリア観の揺らぎを感じている人は少なくない。
本対談では、こうした価値観の揺らぎをどう解釈し、
働く個人と組織がどのように対処すべきかを考える。


中原 淳氏(なかはら・じゅん)
東京大学 大学総合教育研究センター准教授。
大阪大学博士(人間科学)
組織学習論、組織行動論
「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織に
おける学習、コミュニケーション、リーダーシップ
に関する研究を行う。単著に『職場学習論』(東京大
学出版会)、『知がめぐり、人がつながる場のデザイ
ン』(英治出版)、共著に『リフレクティブ・マネジャ
ー』(光文社)など多数。
Blog:http://www.nakahara-lab.net/
Twitter ID:nakaharaju


野口 海氏(のぐち・わたる)
メンタル・コンシェルジュ代表
精神科医・産業医(医学博士)
慶應義塾大学大学院 政策メディア研究科
特任准教授
東京学芸大学 保健管理センター 特任准教授
東京工業大学 世界文明センター フェロー
日本精神神経学会専門医、日本医師会認定産業医、
日本産業精神保健学会認定専門職
大手企業からベンチャー企業まで多数の企業の精
神科顧問医(メンタル・コンシェルジュ)として
活躍中。

取材・文/井上佐保子 写真/中原淳、本誌編集部

ポスト3.11の世界で見えてきたもの

中原

まず初めに、このたびの震災で犠牲になられました方々のご冥福をお祈りするとともに、被害を受けられた皆様に謹んでお見舞い申し上げます。被災地域の1日も早い復興を心から願っております。

今、多くの企業にとって喫緊の経営課題は、震災後の生産ラインの復旧や事業計画の見直しといった点にあります。一方で、この震災が投げかけた「人と組織に関する課題」も小さくないと感じています。

3月11日、突如として襲ってきた不条理な震災という危機は、マズローの欲求段階説(図表1)でいうところの低次欲求、つまりは安全欲求、生理的欲求までも脅かしました。

その結果、これまでのキャリア観、価値観、労働観、人生観に「揺らぎ」が生じた方も少なくないのではないでしょうか。プレ3.11の世界とポスト3.11の世界は、何かが変わってしまった、大きな断絶が生じてしまったかのように思われている方も少なくないように感じます。

震災は、「今まで見えなかったもの」を「見える(可視化)」ようにしてしまったところがあります。たとえば震災直後、動揺するトップの姿からマネジメントの機能不全が見えてきてしまった。一見、システム化されていると思われていたオペレーションが、突如機能不全に陥り、それがいかに属人的なものであったかが見えてしまった。また、安否確認の難しさは、職場の人間関係、つながりの希薄さを気づかせてしまった。

これは僕自身の話ですが、震災後、翌週の仕事が次々とキャンセルになり、「僕の仕事って不要とは思いたくないけれど、不急の仕事なんだな」と思いました。自らの仕事の特徴、意味、そして社会的意義を問い直してしまったわけです。実際、震災をきっかけに、自身の組織観、労働観、キャリア観を問い直した人は多かったのではないでしょうか。

そしてこのことは、組織の中で働く人にとって、思いのほか、大きな問題なのではないかと感じています。

今まで見えなかったものが見えてきてしまったことで、個人の組織観、労働観、キャリア観が揺らぎ、組織が持っていたマネジメント体制や大切にしていた価値観が揺らぐ――。個人の価値観の揺らぎが、ネガティブな方向に向かうと、メンタルの問題にもつながってくる可能性があります。

こうした価値観の揺らぎをどう捉えるのか、今、人事ができることは何か、といったことを精神科医・産業医で、個人のメンタルヘルス問題と企業の対応についてお詳しい野口海先生と話していきたいと思います。

みんな被災者であるという見方

中原

まずお聞きしたいのは、災害時の働く人のメンタルケアについて考える場合、どこから考えていけばいいのか、ということです。

野口

初めにお断りしておきたいのは、今、一番大変なのは被災地の方々であるということです。そのことについては、みなさん心を痛めていて、何とかしたいという思いを持っていらっしゃると思います。

そのうえで申し上げますが、私は首都圏など被災地外の方々も含め、「みんな被災者である」という前提からスタートしてもいいと思っているんです。

勤務中、高層ビルの上で激しい揺れに恐怖した人もいれば、会社で一夜を明かした人、電車が止まり、暗闇の中、何時間も歩いて帰宅した人もいます。震災後は、繰り返し流される津波や被災地の惨い映像や原発事故による計画停電や放射能への不安に苛まされる日々。今まで経験したことのないような経験をしたわけで、こうした特殊な状況下では誰しも大きな恐怖や不安を感じ、心身が反応します。

たとえば、ずっと揺れている感覚が続く「地震酔い」もストレス反応の1つですね。建物がミシミシと鳴る音が気になる、という方もいます。また、眠りが浅い、疲れが取れない、風邪をひきやすいなど身体面に反応が出ることもあります。慣れない症状が出ると、不安になる方も多いと思いますが、誰にでも起こりうる自然な反応です。

中原

そういえば、震災後、ちょっと昼寝をしようとウトウトしたら、普段は昼寝をしても1時間位なのに、4時間も寝てしまった、ということがありました。「自分は意外と疲れているんだな」ということを実感しました。また、震災直後はニュースを見ては一喜一憂、感情も不安定でした。肩凝りや腰痛も以前よりひどくなった気がします。

野口

人間の体は、ストレスがかかると反応します。今回は想定外のストレスだったので、その反応も想定外になったわけです。涙が出てしまう、体が強張る、何だか緊張しイライラする、声が大きくなるなども反応の1つです。

こうした場合、自分では変化を感じていないこともあるので、家族や職場など周囲の人とのコミュニケーションが重要です。いつもと違った状況にある時に、「大丈夫?」と声をかけてくれる人がいると、自分が大きなストレス下にいることを客観的に認識することができるからです。一方、今は大丈夫だ、という人も、3カ月、半年経ったあとにがくっとくることもあるので注意が必要です。

中原

実際に、メンタル面での不調を訴える人は増えているんでしょうか?

野口

職場で相談を受けていると、不眠や不安を訴える方、体調を崩す方が増えています。ただ、過剰に心配しないでほしいとも思います。

非常事態ですから、なんらかのストレス反応があるのは当然のこと。ほとんどの人には回復力があり、1カ月程度で落ち着くことが多いのです。人事の方は、従業員のメンタル、体調について気を配りつつも、あまり深刻にならず、いつかは落ち着くという姿勢で見守ってほしいです。

人事担当者が意識すべきこと

中原

震災後、人事は、どのような対応を取るべきでしょうか?

野口

最も大切なことは、働く人の「安全・安心・安定」を行動指針とすることです。これは企業活動を継続していくうえでの大前提です。具体的には、3.11で得た教訓を元に災害時のリスクマネジメント対策を講じ、それをトップの未来目線のメッセージとして伝える、などといった対応が求められるように思います。

中原

確かに安全面での不安を抱えたまま落ち着いて仕事をすることはできませんよね。

野口

先ほどお話したストレス反応に関する正しいインフォメーションを示すといったことも、安心を確保する対応の1つかもしれません。

また、今は何が正解かわからない状態です。だからこそ、間違ってもいいから、リーダーは「見通し(プラン)を示す」ことが重要です。混沌としている“今”ばかりに着目していても不安になるだけです。「時間軸」を考えることは、未来をつくることになる。未来はこのようになります、というメッセージを出すことが大事だと思うんです。

中原

確かに、未来があるということを信じられないまま生きていけるほど、人は強くない。

自分の軸を取り戻す

中原

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