J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年06月号

「人間として何が正しいか」を 教育と実践で身につける

京セラの創業者、稲盛和夫氏の実体験から
生まれた経営哲学「京セラフィロソフィ」。
「人間として何が正しいか」を判断基準とするこの哲学は、
まさに京セラの経営の原点であり、
全従業員が共有する「判断基準・行動指針」である。
これが同社の現場で生き生きと存在し続けている背景には、
有名な「アメーバ経営」の実践に加えて、体系立てて
定期的に実施されている教育部門の「フィロソフィ教育」がある。

1959年4月1日創業。従業員28名
の町工場でテレビのブラウン管に
使われるセラミックスの絶縁部品
の製造からスタート。現在では半
導体部品や携帯電話、太陽電池に
至るまで、世界各国で多角的に事
業を展開。従業員数は6万6千人
を超える。
資本金:1157億円、売上高:1兆26
69億円(連結 2011年3月期)。

取材・文/西川敦子、写真/京セラ提供(稲盛和夫氏)、本誌編集部

会社は何のために存続するのか

日本を代表する経営者、稲盛和夫氏と思いを同じくする仲間によって創業された京セラ。素材から部品、デバイス、機器、さらにはサービス、ネットワーク事業に至るまで、多岐にわたる事業を展開するグローバル企業である。1959年の設立以来、連続して黒字経営を維持している。

その強さは、全従業員の心をひとつに束ねている経営哲学「京セラフィロソフィ」にある。「人間として何が正しいか」を判断基準として、誰に対しても恥じることのない会社運営、事業経営を行っていくことの重要性を説いたものだ。具体的にはどんな哲学で、どう従業員に浸透させているのか。執行役員教育本部長の高津正紀氏は経営理念から語る。「当社の経営理念は『全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること』です。その成り立ちは社内の歴史的な出来事にありました」(高津氏、以下同)“歴史的な出来事”とは、従業員が将来の待遇を要求する団体交渉を若き稲盛氏に突きつけたことを指す。この時、従業員たちとの話し合いは三日三晩に及んだ。創業3年目のことである。「稲盛は本当に真剣に悩みました。『自分の親にさえ十分な仕送りをしてやれないのに、従業員の生活の面倒まで見なくてはいけないとは。なんという責任を背負い込んでしまったのか』と。改めて考え続け、会社のあり方を、それまでの『稲盛和夫個人の技術を世に問う場』から、ここで働く全従業員の生活やその幸せを実現していくことに会社の存在意義があるのだと180度考え直しました。その結果生まれたのが、この経営理念だったのです」

まず稲盛氏が考えたのは、前半の「全従業員の物心両面の幸福を追求する」という部分だったそうだ。「“全従業員”には経営トップも含まれます。つまり、会社とは経営者のためにあるのではない。全従業員の物的、精神的な充足のために存在しているのだ、と端的に謳ったわけです。自分たちの幸せを全員で創り出していこうという決意表明ですね」

しかし、人は世の中に貢献したい、という大きな目標があって初めて、仕事への熱いエネルギーが湧いてくる――「人類、社会の進歩発展に貢献すること」という後半の言葉は稲盛氏のそんな思いから生まれたという。経済的成功が社会の大きな関心事だった高度経済成長期当時、それはかなり大胆な発想だった。

だがこの経営理念によって、従業員は京セラを“自分たちの会社”として認識するようになり、誰もが経営者であるかのように、真剣に仕事に取り組むようになったという。

一見当たり前なことがいざという時の判断基準に

経営理念を掲げただけの企業は多いが、京セラは違う。経営理念を仕事の場で実現するには、どのような考え方・姿勢で、どう取り組むべきかをさらに具体的、かつ詳細に示している。それが78の項目からなる「京セラフィロソフィ」だ(図表)。

一見したところ、特別なメッセージには見えない。たとえば、「より良い仕事をする」という言葉で括られた項目には、『仲間のために尽くす』『真面目に一生懸命、仕事に打ち込む』などのフレーズが並んでいる。「正直でありたい、公平でありたいと思わない人間はいないでしょう。しかし、現実に仕事や日常生活の中でそれを貫き通せるかといえばなかなか難しい。妥協してしまうこともあるのではないでしょうか」

しかし、フィロソフィに立ち返れば、勇気を奮い立たせたり、安易な妥協を思い留まらせてくれる。正しい判断や行動の拠り所なのだ。

しかしそれは心の成長を助けるばかりではない。全員がベクトルを合わせ同じ目標、判断基準のもとでパフォーマンスを上げ、長期的に利益を上げることができる“心の座標軸”なのである。

アメーバ経営はフィロソフィ実践の場

もちろん、京セラフィロソフィは社員の判断基準となっているだけではない。行事や人事評価制度など、社内のあらゆる制度やルールのバックボーンとなっている。有名な「アメーバ経営」もまたそのひとつだ。

ちなみにアメーバ経営とは、稲盛氏が経営理念、経営哲学を実現していくために創り出した独自の経営管理手法。会社の組織を「アメーバ」と呼ばれる小集団に分け、市場に直結した独立採算によって運営。社内から選ばれたリーダーがその経営を担う。彼らが中心となって計画を立て、メンバー全員の知恵と努力により目標を達成していく。これにより、フィロソフィで謳う「全員参加経営」――社員一人ひとりが主役となり、自主的に経営に参加する経営――を実現できるという。

特徴的なのは、アメーバが部門別採算制度を採っていることだろう。市場の動きに機敏に対応できるのは、小さなユニットならではの利点だ。この制度のもと、アメーバのメンバー全員が売上を最大に、経費を最小にすることにチャレンジする。「『売上最大・経費最小』は、当たり前のこと。しかし稲盛曰く、『誰もがやろうとする当たり前のことで、どのように差をつけるのかがアメーバ経営の真髄』と。稲盛がよく引き合いに出していたのは、“夜鳴きうどん(うどん屋台)”の話。一杯のうどんをどこから材料を仕入れ、どうつくるのか。一杯の値段はいくらにするのか、どう売るのか。知恵や工夫を出し尽くし、全国チェーンを展開するまでになる店主もいれば、一生屋台を引いて終わる人もいるわけです」

この例えによれば、アメーバのリーダーたちは、全員が“夜鳴きうどん屋台の店主”ということになる。アメーバはまさに「一人ひとりが経営者」という京セラフィロソフィの実践の場といえる。

一人ひとりが経営者であるために、アメーバ経営では採算状況をガラス張りにしている。ただし、個々のアメーバが自分たちのアメーバの採算を追求するあまり、全体最適の視点を失うことになってはいけない。それを防ぐための判断基準が、京セラフィロソフィである。

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