J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年06月号

利他の心が漂う理念が “大切にしたい会社”をつくる

大学や大学院で教鞭を執る傍ら、経営学者として
6500社もの企業を訪問してきた坂本光司教授。
坂本氏曰く、優秀な企業の多くが、社員や公共への
“利他の精神溢れるウェイ”を持ち、それが事業戦略と深く結びついているという。
そうした、優良企業の共通点とは何か、坂本氏に聞いた。


坂本 光司氏(さかもと・こうじ)
法政大学大学院政策創造研究科(地域づくり大
学院)教授および法政大学大学院イノベーション・
マネジメント研究科(MBA)兼担教授。法政大
学大学院静岡サテライトキャンパス長。専門は中小
企業経営論・地域経済論・産業論。著書に『日
本でいちばん大切にしたい会社』(あさ出版)など
がある。

取材・文・写真/高橋美香

バブル崩壊を契機に増加し始めたウェイ

私の調査によると、現在ウェイ(WAY)や経営理念といったビジョンを掲げている企業は、全体の約70~80%。ほとんどの企業が、何らかの形で企業のビジョンを社内外に宣言しており、その数は増加傾向にある。

企業理念やウェイが増え始めた社会的背景の1つとして、バブル崩壊がある。それまでの大多数の企業が、経済優先、成長優先、拡大優先の経営戦略をとっていた。そして、多くの企業が、その戦略通り、世界で通用する高い技術を持った会社へと成長を遂げていったのだ。

経済的満足を満たし、新たな目標を見失った企業を待っていたのが、1980年代のバブルの崩壊だった。戦略さえあれば他社や世界と勝負ができた時代は終わりを告げ、これまでと同じ方法では結果を出すことができない時代が到来。そして、経済優先の代償であるかの如く、企業では良識や倫理観が問われるような不祥事が相次ぎ、社会問題となった。

こうした状況下で提唱されたのが、物的拡大を偏重する経営からの脱却。そして多くの企業が、我が社は何のためにこの世に生を受けたのかという企業の存在意義・目的を改めて問い直すという動きが見られるようになっていったのだった。

そこで多くの企業が行ったのが、会社の原点である企業理念、社是やウェイを見直す・つくるということだった。元々それを掲げていた企業は、企業が存在する目的をもう一度見直し、掲げていなかった企業は新たにつくるという動きが見られるようになった。

本来、企業経営の目的は、経営戦略を立てる以前に必要となるものだ。「我が社は何を通じて世のため人のためになるのか」そして「我が社は何のためにこの世に生を受けたのか」といった企業の社会的使命、存在意義を社内外に高らかに宣言したものこそが経営理念だからだ。

だからこそ、私は企業が存在する目的がない、または明確でないということは、方向舵が定まらない飛行機に乗っているのと同じだと考えている。どこに向かっているのかがわからなければ、社員たちは何をどうすれば良いのかもわからなくなってしまう。

2008年のリーマンショック以降、さらに理念の重要性は高まりを見せ、多くの企業がこれまでの戦略経営から理念経営へと移行している。企業の社会的責任が問われるようになった今、社会全体が企業に対して理念経営を求めるという意味で、経営理念やウェイを掲げる企業が増えるのは、自然な流れといえるだろう。

優れた企業には利他の心が漂う理念がある

私は中小企業経営論を専門とし、週の1~2日は大学の研究室を飛び出して多数の企業を訪問している。これまでに訪問した企業は、6500社以上。北は北海道から南は沖縄まで、全国各地の企業の仕事の様子はもちろんのこと、朝礼に至るまでくまなく会社の様子を見学させていただいている。

著書『日本でいちばん大切にしたい会社』で紹介している企業をはじめ、私が研究のために訪れてきた企業には一定の基準がある。それは、

①長期にわたって好業績を持続している

②社員と顧客の満足度が高い

③世のため人のためになる経営を貫いているということだ。こうした優秀な企業も初めから経営が順調だったのではなく、かつては廃業寸前まで追い込まれた経験を持つところが少なくない。ピンチから這い上がり、大企業も注目するほどの脅威のV字回復を実現させた力の源泉は何か……。そう考えてみた時、ほとんどの企業が良い経営理念、ウェイを掲げ、理念が見事なまでに経営戦略と結びついているという共通点があることがわかった。

では、社員を動かすほどの大きな力を持った“良い”経営理念、ウェイとは具体的にどのようなものか。それは、「利他の心が匂うかどうか」という一言に尽きると考えている。詳しくいうならば、

①社員とその家族の幸せを願う心

②下請け・協力会社の社員とその家族の幸せを願う心

③現在顧客と未来顧客の幸せを願う心

④地域住民、障害者や高齢者の幸せを願う心

⑤株主・出資者・関係機関の幸せを願う心ということになる。中でも社員とその家族の幸せを願う心、そして世のため人のために企業は存在している、という思いが読み取れるものが、良いウェイ、理念に欠かせない条件である。

特に、①の社員とその家族の幸せを願う気持ちが匂う、心に響く理念というのが一番重要なポイントだ。社員よりも顧客の幸せと利益拡大だけを重視した企業理念に心の底から共感し、会社のために一生懸命になって働こうと思う人はいないだろう。「社員を大切にしている」という気持ちが社員に伝わる企業理念であれば、人はその会社に所属していることを誇りに思い、そうした企業にふさわしい人間として振るまうものなのだ。

私が訪問した優秀な企業の多くが、そうした「社員とその家族の幸せのために」という、経営者の愛情が心に響くような経営理念を掲げていた。

中でも特に心に残っているのが、長野県にある寒天メーカーの伊那食品工業の社是「いい会社をつくりましょう」(図表1)というものだ。

同社では、「いい会社とは単に経営上の数字が良いというだけでなく、会社を取り巻くすべての人々から、日常会話の中でいい会社だねといってもらえるような会社」だと定義している。経営学とは人を幸せにするための学問と考えている私にとって、この社是はまさに理想ともいえるものだ。

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