J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2011年06月号

自らと対話し 判断力を磨き続け イノベーションを起こす

変化の激しい現在、企業は常に新たな事態にぶつかっている。
その時に求められるのは、判断力と、新しい価値を生むイノベーションである。
「Leading Innovation」という東芝のコーポレートブランドをつくった
同社 西田厚聰会長が判断力の磨き方と、イノベーションが起きる企業風土の醸成を語る。


西田 厚聰氏
生年月日 1943年12月29日
出身校 東京大学大学院法学政治学
研究科修士課程
主な経歴
1975年 東京芝浦電気 入社
1984年 東芝ヨーロッパ社
上級副社長
1992年 東芝アメリカ
情報システム社社長
1995年 東芝パソコン事業部長
1997年 同社取締役
1998年 同社常務
2003年 同社執行役専務
2005年 同社代表執行役社長
2009年 同社取締役会長
現在に至る

東芝
1875年創業。「人と、地球の、明日のた
めに。」をグループスローガンに、「デジ
タルプロダクツ」「電子デバイス」「社会
インフラ」「家庭電器」の4つの分野を
中心にグローバルに事業を展開する複合
電機メーカー。持続可能な地球の未来に
積極的に寄与していくエコ・リーディン
グカンパニーとして、あらゆる事業活動
を通じて、豊かな価値を創造し、社会に
貢献していく。
資本金:4399億円(2010年3月末現在)、
連結売上高:6兆3816億円(2009年度)、
グループ従業員数:20万3889名(2010年
3月末現在)、グループ連結子会社数:
542社(2010年3月末現在)

インタビュアー/浅久野映子
Interview by Eiko Asakuno
写真/柚木裕司
Photo by Yuji Yuki

変化の本質に的確に対応する

――ITの進化で、今起きている出来事などについて、簡単に情報を得ることができるようになりました。渦中の当事者よりも周りにいる人のほうが現状を俯瞰できてしまうような現実の中で、リーダーは意思決定をしていかなければなりません。ですから、これまで以上にリーダーの見識や能力が問われる時代になったと思います。グローバル競争下で企業の成長を支える人材には、どのような能力が必要だとお考えですか?

西田

何よりも状況は、刻々と変化しているということに留意しなければなりません。デジタル化とグローバルネットワーク化が並行して広がったために、グローバリゼーションは2倍、3倍の勢いで加速され、それが今、企業の経営環境を複雑にしています。リーダーには、その変化のスピードにいかに対応するかが問われています。どんなに優れた戦略を立てたとしても、実行のタイミングを逸してしまえば、企業間競争に勝つことはできないからです。

もっとも、手を打ちさえすればいいというわけではありません。変化の本質をきちんと洞察したうえで俊敏に対応することが大切です。――洞察とは、本質を見極めること。俊敏とは、素早く適切な行動をするということですね。

西田

私はこれを、「慧敏に対応する」といっています。智慧を使って変化の意味をよく見定めたうえで機敏に行動する。対応するだけでは足りない。状況だけが先に進んで、自分たちは後からついていくというのではだめなのです。重要なのは、慧敏に対応すると共に自らも変革していくこと。つまり、「応変力」です。

市場経済のコンセプトは、競争に勝って企業の成長を実現させることです。高度成長期には、欧米企業に追いつけ追い越せという目標がありました。だから日本人は、“エコノミックアニマル”といわれるほどがむしゃらに突き進むことができたし、事業のスピードに合わせて自己変革していくこともできました。――その結果、日本企業はグローバルな企業間競争の中で頭角を現すことができました。

西田

ところが今、生活水準が上がり、日本人のライフスタイルもワークスタイルも変わってしまった。今の日本人に、「高度成長期の頃のように、がむしゃらに働け」といったところで実現は難しいでしょう。1カ月くらいなら、その精神を取り戻すことができるかもしれませんが、5年、10年とは続かない。これは、先進国が抱えている共通の課題です。――この課題を克服するキーワードが、「応変力」なのですね。

西田

人間が最も素早く行動するのは、危険を察知した時です。何かが起こるかもしれないという切迫感、あるいは何かしなければいけないという焦燥感。「危機意識」という言葉では伝えきれない“Sense of Urgency”が、応変力の原動力といえます。――しかし、事業が順風満帆に推移している時も、ずっと危機意識を持ち続けるのは、容易ではありません。

西田

事業経営においては、競争相手のベンチマークを常態化することが、“Sense of Urgency”を持続するための重要な要素になると思います。ただ問題は、ベンチマークが相手に厳しく自分に甘くなってしまいがちであること。これを逆にしなければ、危機意識は持続できないし、応変力を鍛えることもできません。

さらに事業経営は、「判断する」、「判断したことを決断する」、「決断したことを実行する」という3つのプロセスに分かれます。経営学の先生方は、「なんといっても実行力ですよ。決断しても実行できなければ結果はゼロですからね」とか、「決断ですよ。日本人は決断力がなくていけない」などといわれる。ですが、間違った判断をもとに決断、実行したら、悲劇どころではない。決断力も、実行力もとても重要ですが、最初の判断力がないと大変なことになる。

だからこそ、リーダーの正しい判断力が問われるのです。

自らを他者とし、常に対話する

――適切な判断力を養うには、どうしたらいいのでしょうか?

西田

ギリシア哲学の時代から現代まで、古今東西、「判断力」について記した本は皆無です(笑)。

そういえば、三批判書を発表したドイツの哲学者、カントがいましたね。「純粋理性批判」、「実践理性批判」に続く「判断力批判」で、カントは判断力について分析しています。ですが、これは美的判断について論じたもの。我々にはあまり役に立たない。これを読破したからといって、判断力がつくわけではありません。

人間は、朝起きてから夜寝るまでの間に、「ネクタイは何色にしようか?」、「雨が降りそうだ。傘は持つべきか?」といったことから、「正義とは何か?」といった抽象的なことまで、無数の判断を繰り返しています。判断力を失ってしまったら、人間は生きてはいけないでしょう。判断力とは、人間にとってそれほど大変な能力です。哲学者さえも、判断力について解明しなかった。

おそらく哲学者には、判断力を分析することはできないのだと思います。ですから、私はそれを脳科学者に期待することにしていますが、糸口は見つかっても解明には時間がかかるでしょうね。とても待っているわけにはいきません。――「ハーバード白熱教室」*のサンデル教授がブームですが、彼の議論も「どうしたら正しい判断ができるか」ではなくて、「どう判断したか」に終始していましたね。

西田

それを多様なケースを用いて論じている。論じることで深く考えることができますからね。ですから、深く考えることが判断には重要であるということはわかります。

いずれにせよ、判断力の磨き方には明確な解はありません。しかし、企業や事業を経営するということになれば、与えられた状況下で最適な判断を下さねばならない責任を負うことになる。

では、どうしたらいいのか?

私は、判断をする際には可能な限り、物事を客観的に見るようにしています。自らを対象化して、他者として認識し、常に対話をしている。――自分自身を客観的に捉えるということですか?

西田

そもそも人間は、無意識に自分に語りかけています。自己内対

経験は必要。だが、それだけでは不十分

西田

さらに、判断をするうえで武器になるのは知識です。知識を広げることも有効です。

そして、経験はあったほうがいいですが、経験だけではだめです。イギリスで発達した「人間の全ての知識は我々の経験の結果である」とする「経験哲学」は、英語で“empiricalphilosophy”といいます。この経験は“experience”ではなくて“empiricism”。“empiricism”を辞書で引くと、最初に「経験主義」とあって、次に「いんちき医者の手口」とある。つまり、藪医者のことです。――なるほど。藪医者は、経験をもとに診療する。それが正しいとは限らない。

西田

判断するうえで、経験は必要だけど、それだけでは十分ではない。問題は、情報です。情報というのは、まだ知識になる前のものです。時が経って、歴史ができた時、情報の中で重要なものが知識に昇華されるのです。ほとんどのものは、単なる情報として後に残らない。いずれ消え去るだけの情報を、いかにうまく扱うことができるか。実は、これが難しい。

行動経済学に“availability bias(=可用性バイアス)”という用語があります。何がavailable=利用できるのか。それは、情報です。ですが、長期にわたって事象を総合的に判断しなければならない場合でも、我々なければできないことです。しかし、企業や事業を経営する者にとってこれは“must”。経営を取り巻くステークホルダーそれぞれの立場に立って物事を考えるようにならなければ。これは一朝一夕にできることではありません。常にそうした訓練をしなくてはできませんね。話をしているわけです。だからこそ、「自分で自分をほめたい」という言葉が出てくる。客観的に自分と他者を比較した結果、やはり自分をほめるべきだということですね。

とはいえ、どのような状況下でも自己内対話を行うのは、簡単なことではない。意識的に習慣づけておかは直近の最新の情報が最も真実を伝えているはずだという、bias=先入観に捉われてしまいがちです。

ほとんどの人は、頻繁にこの罠に陥ってしまいます。たとえば、人事考課。本来なら1年間のプロセスでその人を評価すべきですが、現実には、最近の行動を思い描いて判断しているのではないでしょうか。

先入観から逃れつつ、情報を取捨選択することができるということも、正しい判断には大切ですね。――“availability bias”を回避するには、直近の事象に拘泥するのではなく、視野を広く持つという意識づけを自らに課すことが必要だということでしょうか。その意味では、過去の情報にも目を向けるべきだと。

西田

ただし、過去の情報は知識になっている場合もあるのです。知識を取るに足らない情報と捉えて見過ごしてしまっては、正しい判断はできません。

正しい判断をするには、情報とデータ、そして知識を駆使してさまざまな立場で考える姿勢が大切です。企業や事業の経営を担うには、広く、深く考える能力を養う必要があるからです。

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