J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2013年08月号

中原淳の学びは現場にあり! 第22回 「落語家はなぜ噺を忘れないのか」 柳家花緑さんに聞く落語の学び方

柳家花緑さんは、落語界をリードする若手実力派のひとり。落語の公演で全国各地を飛び回りつつ、テレビや舞台などでも幅広く活躍し人気を博している花緑さんは11人の弟子を持つ師匠でもあります。そんな花緑さんに落語の学び方、そして落語の教え方についてお話を伺いました。

中原 淳(Nakahara Jun)
東京大学大学総合教育研究センター准教授。「大人の学びを科学する」をテーマに研究を行う。共著に『リフレクティブ・マネジャー』(光文社)など多数。Blog:http://www.nakahara-lab.net/blog/ TwitterID:nakaharajun

[取材・文]=井上 佐保子 [写真]=杉山 正直、橘 蓮二 [イラスト]=カワチレン

落語は江戸時代から現在に至るまで庶民に愛され庶民と共にある伝統芸です。しかし、よく考えてみると、たった1人で座布団1枚敷かれた舞台にちょこんと座り、数十分の物語を身振り手振りを交えて語ることで、観客を魅了し楽しませるというのは、かなり難易度の高い話芸です。落語家はいったいどのように落語を学んでいるのでしょうか。人気落語家であり、11人の弟子を抱える師匠でもあり、『落語家はなぜ噺を忘れないのか』(角川SSC新書)の著者でもある柳家花緑さんに、落語家の学びについてお話を伺いました。

9歳で落語を始める

花緑さんが、同居していた祖父(落語界初の人間国宝、故・5代目柳家小さん)や叔父(6代目柳家小さん)の手ほどきを受け、落語を始めたのは9歳の時のことでした。「誤解のないようにしたいのですが、落語家は世襲制ではありません。私のように身内に落語家がいて2世で活動しているのは、むしろとても稀な存在なのです」。多くの落語家は、高校、大学卒業以降に、師匠の門を叩き、弟子入りするようです。落語は本来、師匠の噺を聞いて真似する「口伝」で伝えられてきました。しかし、祖父小さんは非常に多忙だったため、花緑さんは祖父の落語のテープを聞き、それを全てノートに書き起こし、覚えたら祖父に聞いてもらい、アドバイスを受ける、という形で稽古をしたそうです。「祖父の口調そっくりそのままコピーしていたので、子どもなのに年寄りっぽい話し方になっていて。若さのない子どもでした(笑)」入門後、落語を覚える順番は特に決まっているわけではありませんが、一般的に前座のうちは「前座噺」と呼ばれている比較的単純で短い噺を覚えていきます。「前座噺は基礎を覚えるのに適しています。太田道灌の掛け軸を巡る隠居さんと職人の噺、『道灌』を初めに習うことが多いのですが、それは落語によく出てくる年寄りと若者の演じ分けや、台詞を繰り返す“オウム返し”などの基礎芸が入っているからです。僕は前座になる前の子ども時代に13席ほど覚えました」子ども時代から「小さんの孫」としてデビューしていた花緑さんですが、中学卒業後、本格的に祖父5代目小さんに入門。前座時代は「ひたすら覚えて喋る、の繰り返し。間違えずに喋ることで精いっぱいでした」一般的に前座は、住み込みまたは通いで師匠の家の掃除、洗濯などの雑用、師匠のかばん持ちなどを行いつつ、毎日のように寄席へ通います。寄席では、楽屋や舞台の準備など、バックステージ全般の仕事をこなし、交替で演目の一番初めに「前座」として高座に上がって、噺をします。「僕が前座の頃は各寄席に前座が2、3人しかいませんでした。なので、2、3日に一度は高座に上がる機会がありました。ところが、今は前座の数が増え、各寄席に5人くらいいるので、高座に上がれるのが5日に一度ほどしかない。そうした理由もあるのか、ブームの時は意外と名人が出ない、と言われています」。また、花緑さんの場合は、師匠である小さん師匠と共に地方公演に同行し、前座として高座に上がるなど、比較的経験を積む機会が多くあったそうです。

戦後最年少で真打に昇進

通常は前座を4年ほど務め、師匠からある程度実力を認められると、二ツ目となりますが、花緑さんの場合は、2年半で二ツ目となりました。二ツ目になると、前座修業からは解かれ、一人前の落語家として寄席や落語会などに出ることができます。また、他の師匠から落語を教わる「出稽古」もできるようになります。花緑さんは18歳で二ツ目となったわけですが、自分らしい落語を模索した苦しい時期だったそうです。「前座時代と大きく変わったのは、ただ習った通りに喋るのではなく、『まくら』(導入のフリートーク的な部分)をやり始めたことです。自分らしさを入れようとギャグを入れ過ぎては脱線し、よく師匠から叱られました」自分らしさを追い求めるあまり、「自己啓発書を読み漁ったこともあった」そうですが、今まで読まなかったさまざまな本を読み、勉強し始めた時期でもあったようです。自分らしい芸を見つけようと、試行錯誤しながらも、着実に人気と実力を身につけ、4年半後の22歳で戦後最年少、31人抜きで真打に昇進します。もちろん、人気、実力共に認められての大抜擢だったわけですが、本人にとっては、さらに苦しみが増す結果となりました。落語の場合、二ツ目昇進も、真打昇進も、試験など明確な基準があるわけではありません。スピード昇進について、ご本人は「落語協会会長だった祖父の力」と言い切りますが、当然面白いと思わない人も出てきます。「真打になってもどん底の気分でした。だんだん自分を客観視できるようになってきていたので、小さんの孫という重圧に押しつぶされそうでした」この経験が後に落語に生きることになるのですが、表向きはちやほやされる一方、陰では嫌味を言われたり、嫌がらせを受けたりしたこともあり、当時は辛かったそうです。そんな重圧から徐々に解放され、自分を取り戻すきっかけとなったのが、実家を出て1人暮らしを始めたことでした。「実家が師匠の家だったので、23歳で真打となり、家を出た時は嬉しかったです。今思い返すだけでも嬉しい気分が蘇ってきます」

教えることは学ぶこと

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