個人|キャリアブレイク “空白”にも価値がある 大切なのは従業員のライフキャリアの尊重 石山恒貴氏 法政大学大学院 政策創造研究科 教授 他
雇用の流動化が議論になるなかで、人事担当として知っておきたいキーワードが「キャリアブレイク」だ。
新しいキャリアに向けたポジティブな期間として捉える「キャリアブレイク」と企業はどのように向き合うべきか。
『キャリアブレイク 手放すことは空白ではない』の共著者である法政大学大学院教授の石山恒貴氏、早稲田大学グローバルエデュケーションセンター講師の片岡亜紀子氏に話を聞いた。
[取材・文]=村上 敬 [写真]=編集部
「キャリアブレイク」の定義を見直した理由
「キャリアブレイク」は、離職や休職など、これまでのキャリアの役割を手放して自分と社会を見つめ直す期間を指す。従来は離職や休職は空白(ブランク)でありネガティブなものと見なされがちだったが、離職や休職期間を新しいキャリアに向けたポジティブな期間として捉え直している。
早稲田大学グローバルエデュケーションセンター講師の片岡亜紀子氏がキャリアブレイクに注目したのは、2014年、石山恒貴氏(法政大学大学院政策創造研究科教授)を指導教官として修士論文を書いていたときだった。当初は別のテーマで論文を書こうとしていたが、女性が出産などで仕事を中断している期間が自信喪失につながりやすいという先行研究を見て違和感を覚えた。
「実は私はメーカーに就職後、体調を崩して離職を余儀なくされた経験がありますが、結果的にはそれが自分のキャリアを見直すいい機会になりました。周りにも、離職期間があったから今の自分があるとポジティブに捉える人が多かった。そう感じていたとき、福沢恵子先生の論文のなかで、キャリアブレイクという言葉が『離職期間を仕事以外の異なる経験をする期間』という意味で使われているのを見て、修士論文のテーマにしました」
ベルギーでは長期休暇制度を「キャリアブレイク制度」とよぶなど、キャリアブレイクという言葉自体は以前から使われていた。ただ、アカデミアで明確な定義があったわけではない。そこで2016年、片岡氏と石山氏が共著で論文を学会誌に発表した際に、以下のようなキャリアブレイクの定義を行った。
『育児、介護、体調不良、転職準備などあらゆる理由で、職業もしくは所属する会社から離職している期間であり、休職は含まれない。ただし、離職期間の経験が自己効力感を高めるものであり、その後のキャリアに役に立ったと本人が主観的に認知している場合に限る』。
「しかし、現在は『今まで中心的に活動してきたキャリアの役割を手放すことによって、新しいキャリアの役割に向けて自分と社会を見つめ直している期間』と定義をし直しています。16年に論文を発表した際は、女性の離職者が抱える課題に焦点を当てていたのですが、当時から性別に関係なくキャリアブレイクは起こることであり、また休職期間にも同様の現象が起きる点などについて我々も議論を重ねてきた結果、石山先生が現在の定義をまとめました」(片岡氏)
新定義の変更点で注目したいのは「キャリア」という用語の意味だ。旧定義で用いられたキャリアは「ワークキャリア」、つまり職業生活に関するキャリアに限定していた。一方、新定義では「ライフキャリア」、つまり職業生活も含め、家庭生活、市民生活、地域生活などを内包した人生のキャリアを、キャリアブレイクの対象とした。
「以前はライフキャリアといっても理解されづらい面がありました。しかしこの10年の間にコロナ禍がありリモートワークが広がったことで、ワークとキャリアが溶け合う感覚を持つ人が増えてきた。そうした時代背景も、キャリアブレイクの定義を見直す一因になりました」(片岡氏)