J.H.倶楽部

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月刊 人材教育 2014年06月号

船川淳志の「グローバル」に、もう悩まない!本音で語るヒトと組織のグローバル対応 第2回 グローバル社会の多様性に向き合う

多くの人材開発部門が頭を悩ませる、グローバル人材育成。グローバル組織のコンサルタントとして活躍してきた船川氏は、「今求められているグローバル化対応は前人未踏の領域」と前置きしたうえで、だからこそ、「我々自身の無知や無力感を持ちながらも前に進めばいいじゃないか」と人材開発担当者への厳しくも愛のあるエールを送る。

船川 淳志(ふなかわ あつし)氏
グローバルインパクト代表パートナー。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。東芝、アリコジャパンに勤務後、アメリカ国際経営大学院(サンダーバード校)にてMBA取得。組織コンサルタントとして活動する傍ら、以下の講師を歴任。Thunderbird日本校 准教授(1999-2004)、NHK教育テレビ番組「実践・ビジネス英会話ーグローバルビジネス成功の秘訣」講師(2003-2004)、社団法人日本能率協会 主催「グローバルビジネスリーダープログラム」主任講師(2004-2007)、国際基督教大学大学院 Global Leaders Study非常勤講師(2010-)、早稲田大学大学院 ETP 非常勤講師(2011-)

「グローバル化」の意味すること―多様性とつながる

前回、「グローバル」ということばを巡って経営層から現場社員まで、さまざまな混乱が起きているという問題提起をした。グローバル人材、グローバルカンパニー、グローバルビジネス、そして「グローバル化」という具合に、「グローバル」ということばが氾濫している。日本の大学教育の改革者として活躍された故中嶋嶺雄氏によると、「グローバル化」という語は1944年、カナダの社会学者O・レイザーとB・デーヴィスの著書『宇宙的民主主義』の中に初めて出てくるとのことだ。私自身が、「グローバル」というカタカナの文字に出会ったのは、1976年。当時師事していた武道の先生の著書の中でこのことばが紹介されていた。海外での普及活動の実体験から、まさに「地球」を表す英語、globeの形容詞、global=地球全体のという意味のことばを認識されていたのだろう。そして、地球規模での経済活動が活発になり、『ハーバード・ビジネス・レビュー』1983年5月号で、テッド・レビットの“The Globalization of Markets”が掲載された。それ以降、ビジネスにおいて「グローバリゼーション」ということばが急速に普及したのは周知の事実である。1983年5月と言えば、私が当時AIG(アメリカンインターナショナルグループ)の一員、アリコジャパンに入社した時だ。その後、グローバル化はIT 技術の進展に伴い、どんどん加速している。ただし、それは、インドのジャーナリスト、ナヤン・チャンダが著書『グローバリゼーション 人類5万年のドラマ』に記したように、我々の祖先が、有史以来、遠い地域に足を運び、いろいろな地域、人々とつながりを強化してきた「人類5万年のドラマ」でもあるわけだ。この本の英語タイトル『Bound Together』がよく言い表している。21世紀に入ってから、グローバル化は、中国語のグローバリゼーションを表す「全球化」の時代になった。東西の冷戦構造が続いていた時代は、「全球」ではなく「半球」であった。また、東側と西側諸国の区分だけではなく、以前は北半球の経済発展がメインであったが、BOP※ビジネスが認識されてきたように、まさに全球化の様相を見せている。つまり、全地球規模で、経済面だけではなく、文化、社会的な側面でもさまざまな地域と人々がつながってきているわけだ。したがって、inter-related,inter-linked, inter-connected,そしてinter-dependentという相互結合や相互依存をあらわす英語表現がグローバルビジネスではよく出てくる。「地球は1つ」とか「地球は狭くなった」というのはなじみがあることばであるが、実は、幻想を生み出す表現でもある。つまり、多様性を内包していることが見えにくくなるのだ。その事例を紹介しよう。

「いつでも、どこでも、どこの国の人とでも」の現実

この原稿を書く直前、日本のある大手企業の新人研修で半日のワークショップを行う機会があった。実は、新人研修で私がセッションを行うのはおよそ10年ぶりだ。これまでは、企業研修で言えば、入社2年めから経営幹部までが圧倒的に多い。ところが、本連載でもふれてきたように、急増する「グローバル人材育成」にこたえるべく、この企業でも、新人研修の中にもグローバル化に対応する新たなプログラムが必要になってきたというわけだ。参加者は約100名。その1割が「新卒外国人」と事前に聞いていたが、セッションは日本語のみで行う予定であった。しかし、当日会場について開始直前にその企業の事務局の方から、「できれば英語でもお願いできないだろうか?」というリクエストをいただき、急遽、日本語と英語のバイリンガル・ファシリテーションを行うこととなった。外国人の中には日本語ができない方が何人かいたからだ。それだけではない。「日本語がわからない新卒外国人」たちが1週間以上も他の日本人および日本語がわかる外国人とともに「新人研修」に参加していたことを想像してほしい。もちろん、他の英語ができる参加者や外国人が彼らの理解を助けることはあったようだ。しかし、「日本企業に入り、日本語の環境でも仕事をやっていく場面もある。ゆえにそれに慣れてもらう」という会社側の理屈には一理あっても、「逆の立場ならどうなのだろう?」と他者への配慮に欠けていると言わざるを得ない。そして、この他者への配慮こそグローバルビジネス、グローバル社会、いや、今の世の中で最も大事な要件の1つなのだ。それは意外と難しい。特に多文化、多言語環境においてはなおさらである。例えば、この事例を読んで「彼らは自ら日本企業を選んだ! だったら、いいじゃないかっ! 第一、私は中国語がわからないのに大連に行ったんだ!」というような反論は決して珍しくない。読者の上司が言うかもしれないし、私も幾度かそんな会話を経験してきた。その方には、「中国語ならば、漢字を見て推論できることはできますよね。したがって、『立場をおきかえた議論』として、彼らを例えば『日本語がわからないインド人』の境遇と同じ条件で考えなければなりません。つまり、あなたはアラビア語、タイ語、もしくはロシア語環境で同じ経験がありますか? もし、なければそれがどういうことか、想像できますか?」と訊いてみたい。いくら英語が使えなくても、多少知識のある英語の環境や漢字であふれた中国語圏とは違う。アルファベットも漢字もあればまだいいのだ。ところが、「推論が全くできない」環境がどういうことなのか、想像すらできない人が存在する。ここまで読んで、「えっ? ロシア語ってアルファベットと違うんですか??」というのは基礎知識の欠如だ。日本語がわからない社員のために、通訳をつける、という選択肢が取れない事情も容易に推察できるし、そんな場面は過去23 年間にいろいろと経験してきた。今回紹介した「新人のためのグローバル対応研修」では、私がバイリンガル・ファシリテーション対応可能と理解していた事務局の女性の方が、それまで日本語だけを聞いてきて疲弊してきた外国人参加者の様子をよく見ていたからこそ、その場で依頼してきたのだった。彼女だけではなく、彼女の上司の方も「他者への配慮」ができていたから、この咄嗟の判断を高く評価した。念のために、反対に、「そんな『咄嗟の判断』とか言いますけど、常識じゃないですか?」と思われた方には、「まだ見ぬ世界がありますよ」とお伝えしたい。日本のドメスティック企業での現実を見てきたから、根回しなしで、「咄嗟の判断」ができることを評価している。

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