J.H.倶楽部

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Learning Design 2020年11月刊

私らしく生きる 第14回 多面的に物を見て、 色をつけないことこそが強み 視聴者の「そうだったの!」を引き出すために

TBS の情報番組「ひるおび!」の情報プレゼンターとして、毎日新鮮なニュースを届けてくれる小森谷徹さん。
多士済々に囲まれた役者時代を経て、ニュースを伝えるプロになるまでの想い。
また、情報が溢れるこの時代の、インプット・アウトプットの仕方について話を聞いた。

小森谷 徹(こもりや とおる)氏
1965年群馬県生まれ。日本大学芸術学部演劇学科卒。
在学中より劇団東京サンシャインボーイズを経て花組芝居に入座。数々の舞台をこなす。
情報番組レポーターのほかキャスターとしても活躍するマルチタレント。
TBSテレビ「ひるおび」新聞マイスター、TBSラジオ「小森谷徹Fine」などで活躍中。
仕事もお父さんも頑張る「スーパーダディー協会」理事。

[取材・文]=平林謙治 [写真]=中山博敬

ダイナミックに“魅せて”伝える

――昼の情報番組で新聞記事を紹介する「新聞マイスター」としておなじみの小森谷徹さん。勢いよく飛び出す新聞ボードを素手で受け止めてから紹介するなど、斬新な見せ方が番組の名物になりました。

小森谷氏(以下、敬称略)

あれは、スタッフが脇からボードを滑らせているのですが、最初にやろうとなったとき、僕は彼らに「感情を込めて投げてほしい」と注文したんです。明るいニュースのときは勢いよく、深刻なネタや悲しい話題は手にギリギリ届くぐらいゆっくりと。まさにスタッフの職人芸なんですよ。

そうやってダイナミックに見せたほうが視聴者の方にも伝わりやすいし、番組MC の恵俊彰さんと僕の掛け合いのテンポとも絡んで面白いじゃないですか。

――準備が大変でしょう?

小森谷

今は見せ方が少し変わりましたが、ボードがバンバン飛んできたころは、僕も毎朝3時に起きて、ジョギングやストレッチをしてから早朝のテレビのニュースを各局ザッピングしていましたね。新聞記事はスタッフがチェックしているので、僕は映像のほうを。

――午前3時からですか!?

小森谷

スタッフのほうが大変ですよ。僕たちのコーナーはネタありきではなく、あくまで新聞記事として書きっぷりの面白いものを紹介する主義だから、朝がきて実際に新聞を読んでみないと選べない。ボードを作り込むのも、そこからお昼までが勝負なんです。最初のころはもう番組が始まっているのに、ボードに貼る記事のプリントがまだ終わっていなかったり、本番中に記事を紹介していると、裏でスタッフが次の記事に赤線を引っ張っている音が聞こえてきたり、そんなことがしょっちゅうでしたね。朝刊で紹介されたモノを現物入手して番組中に届ける「現物入手」という企画では、岡山の農家さんにいきなりお願いしてブドウを新幹線で東京駅まで運んでもらい、バイク便で受け取る……なんてこともやりました。もう、毎日が即興劇。でも、そういうライブ感が自分にはやはり向いていたんですね。もとは舞台の役者ですから。

多士済々に恵まれた大学時代

――大学在学中から劇団などで活躍されていましたが、もともと演劇に興味がおありだったのですか。

小森谷

全然。高校まではスポーツばかりやっていました。部活をいろいろかけもちして、特にテニスはいい線までいったんですよ。国体の強化選手に選ばれて、「よし、俺はテニスで大学へ行くぞ」と。実際に誘いもありましたから。ところが、高校2年生の冬にバイクの事故で足をケガしてしまって……。そのとき、僕が落ち込んでいるのを見て、同級生が芝居の手伝いでもしないかと誘ってくれたんです。道具を作ってほしいという話だったのに、なぜか舞台に上がる羽目になって、こういうのもいいなあと。テニスの試合で注目を浴びるのと似た感覚がありました。観客の視線とか、拍手とか。

――それで本格的に演劇を学ぼうと日大の芸術学部へ?

小森谷

いえいえ、そのころはそんな大学があることも知りません。浪人中に、コンサートのステージアシスタントのアルバイトで知り合った人がたまたま日芸のOBで、そういう進路もあると教えてくれたんです。当時、日芸の受験には教科と実技の他に、なぜか1500m 走というのがあって、ラッキーでしたね。それでなんとか合格できたんじゃないかな。ぶっちぎりでしたから(笑)。

――プロとして生きていこうという思いが強くなったきっかけは。

小森谷

やっぱり周囲の環境とその中での出会いでしょうね。同級生に誘われて、劇団「東京サンシャインボーイズ」に参加したり、脚本家の三谷(幸喜)さんと仲良くなって、バラエティ番組に出してもらったり。次に「花組芝居」という劇団に移るのですが、そこも大学OBが作った劇団なんです。学科の1学年上には「爆笑問題」の2人もいて、よく(太田)光ちゃんの家で面白い映画を見せてもらいました。

役者からキャスターへ舵を切る

小森谷

とはいえ、卒業後の見通しなんて何もありません。劇団の活動だけではとても食べていけないし。どうしようかと思っていたときに、ある方が「小森谷君はきちんと喋れるから」と推薦してくださったのが、その年から始まったNHK のBS 放送で海外の映画や演劇の情報を紹介するコーナーだったんです。カメラに向かって“伝える”という意味では、それが初仕事でした。

――その時点ではまだ、役者の道を目指す意欲は……

小森谷

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