J.H.倶楽部

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Learning Design 2020年01月刊

特集1│OPINION2 デザインはイノベーションとブランド化につながる アイデンティティを強みに変える 「デザイン経営」の取り組みとは

特許庁は2017年7月、経済産業省とともに「産業競争力とデザインを考える研究会」を設置。
その研究成果を踏まえ、2018年5月に「『デザイン経営』宣言」を公表した。
国がこうした取り組みを進める狙いは何か。
改革を主導してきた元特許庁の澤井智毅氏に聞いた。

澤井智毅(さわい ともき)氏 
世界知的所有権機関(WIPO) 日本事務所 所長
profile
1987年筑波大学大学院理工学研究科修了後、特許庁入庁。96年からカリフォルニア大学デービス校客員研究員を務め、審査官、審判官などを経て、2005年より日本貿易振興機構ニューヨークセンター知的財産部長、知的財産研究所ワシントン事務所長を務める。
その後、国際課長、調整課長などを経て、2015年より審査第二部長、2016年より審査第一部長、2019年11月より現職。
著作に「米国の政策、特許制度は変われども、プロパテントは揺るがない」(日経エレクトロニクス誌、2007.7.16)、「米国発明法とその背景-19世紀以来の特許制度改革-」(経済産業調査会、2012.7.6)など。

[取材・文]=崎原 誠

デザインの力で日本企業の復権を目指す

「デザイン経営」とは、デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用する経営である。簡単にいうと、潜在的なユーザーニーズをユーザーの立場に立って考える思考方法・経営方法といえる。

2017年7月、特許庁で特許制度と意匠制度を統括していた私は、経済産業省とともに「産業競争力とデザインを考える研究会」を設置した。きっかけは2つある。1つは、以前からもっていたデザインに関する問題意識である。それは、「日本では、デザインが大事にされていない」ということ。この考えを友人である外国人のキュレーターに投げかけたところ、彼も、「そのとおり。日本のクリエイティビティに対する評価は、欧米ではすごく高い。だけど、日本人自身は過小評価している」と同意してくれた。このことが、研究会を立ち上げようと思ったきっかけの1つだ。

もう1つのきっかけは、我が国の競争力が明らかに低下し、東アジアの他の国々に追いつかれようとしている現状を何とかしたいという思いだ。いわゆる“コモディティ化”(同質化)により、「いいものを安く作る」というモデルが、近隣の国々にもっていかれている。この状況を打開し、しかも長く競争力を維持するための差別化の武器として、デザインが役立つのではと考えた。

競争力の低下の一因としては、我が国の意匠制度が昭和の時代で止まっていることも挙げられる。たとえば、Uber が成功したのは、使いやすいインターフェースをスマートフォンのなかで実現したからだ。しかし、日本の意匠制度は、物のデザインのみが保護の対象で、画像デザインは対象外だった。今、アメリカの家電量販店に行くと、LGやサムスンなど韓国製の魅力的な冷蔵庫が並んでいる。冷蔵庫は家族のコミュニケーションの場だというコンセプトの下、観音開きの扉一面がネットワークにつながった液晶ディスプレイになっていて、天気予報やレシピ、子どもへのメッセージなどを表示できる商品もある。日本は完全に負けている。その背景に、画像デザインを保護してこなかった日本の意匠制度があるのだ。

「発明=イノベーション」という誤解

ところで、「イノベーション」というと、新しく革新的な技術と一般に理解され、発明やデザインとは一線を画すイメージがないだろうか。

10年以上前に、米国駐在をしていた私は、大変なことに気づいた。それはイノベーションのとらえ方に関する誤解だ。アメリカ商務省の「Between Invention andInnovation」(2002年)というレポートに、「イノベーションの死の谷」とよばれる有名な絵がある(図1)。様々なところで引用されているので、見覚えのある方も多いだろう。

かつての日本では、「上流(左側)が基礎研究、下流(右側)が応用研究で、その間に死の谷がある」と説明されることが多かった。このとき、我々は、上流をイノベーションととらえていることが多いのではないだろうか。ところが、よくよく原本を見ると、イノベーションは下流にあるのである。つまり私たちが使っている「イノベーション」と、欧米で使われる「イノベーション」は異なるのだ。

なぜこのような誤解が生まれたのか。日本では、イノベーションは「技術革新」と訳されてきた。そのため、技術の革新ととらえられ、本来「発明」(インベンション)と理解すべき上流にイノベーションを置いてきたのではないか。しかし本当は、上流で生まれた基礎研究や発明(インベンション)を、死の谷を越え、社会に受け入れさせ、価値を与え、実装させることが本来のイノベーション論なのだ。

社会に受け入れられることがイノベーションと考えれば、イノベーションにデザインが重要であることは明らかだろう。人々が何かを買おうと思うのは、機能や値段だけでなく、「あのクルマ、かっこいいな」「このスマホ、なんかいいな」といったデザインによるところが大きい。

実際、多くの成功した商品は、まず特許出願の山が来て、数年後に意匠出願の山が来る。アップルのiPhoneもダイソンの扇風機もそうだ。そうやって2つの山が来た商品は、成功する傾向が強い。新しい機能をもつ扇風機を開発したもののあまり売れなかった日本のメーカーがあるが、そのときは、特許出願の山はあったが、意匠出願の山は来なかった。いい発明、いい機能であっても、それだけでは社会に受け入れられないのだ。

継続性のあるデザインはブランドとしての価値を生む

イノベーションにデザインが必要なのはご理解いただけたと思うが、デザインにはもう1つ大きな力がある。

たとえば、BMWといえば、皆、頭のなかにイメージできるだろう。iPhoneもすぐに頭に浮かぶはずだ。「BMWや「iPhone」と書かれていなくてもそうだとわかる。最近のレクサスやマツダもそうだ。つまり、デザインがブランドになっているのだ。

たとえば、掃除機を思い浮かべてほしい。失礼を承知でいえば、日本のメーカーで、「〇〇社の掃除機」といわれて、なかなか頭に思い浮かぶものはないように思う。しかし、「ダイソンの掃除機」といえば、イメージできるだろう。ホームセンターでダイソンの掃除機は、通常の10倍近い値段がつけられているが、売れているもちろん機能の良さもあるが、それだけではない。愚直に同じようなデザインを出し続けることで、デザインがブランドになるのだ。

米国でアップルがサムスンを相手取って起こしたスマートフォンの知財訴訟では、デザインと特許技術の両方が対象になった。どちらもiPhoneを代表するデザインであり技術だったが、米国の裁判所は、デザインの模倣に対して日本円にして550億円の支払いを命じた一方で、技術の模倣に対しては5億円と算定した。このことも私たちの目を開かせた。

「デザイン経営」のための7つの取り組み

では、デザインを取り入れた経営は、どのように進めていけばよいのか。

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