J.H.倶楽部

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Learning Design 2019年11月刊

特集│OPINION 3 中原孝子氏 「 クロスオーバーの発想」や「定義化」が不可欠 求められるのは“プロフェッショナル” データ・ドリブン時代の人事スタイルとは

ここ数年、「データ人事」がホットワードとなっている。
タレントアナリティクスなど、マネジメント領域を中心に期待が高まるなか、活用につなげるには何が必要なのか。
今年、データ活用と人事戦略をテーマにした書籍の翻訳を手掛けた、中原孝子氏に話を聞いた。

profile
中原孝子(なかはら こうこ)氏
ATD 認定CPLP/インストラクショナルデザイン 代表取締役

ATD International Member Network Japan 副代表。
岩手大学、コーネル大学大学院、慶應義塾大学を経て、外資系メーカー、金融、システム企業でトレーニングマネジャーとして活躍。
以後、研修設計、実施のグローバルスタンダードであるインストラクショナルデザインを広めたい思いで2002年に独立。
インストラクショナルデザインの他、ATD CPLP(Certified Professional in Learningand Performance)の有資格者として、理論と実践を兼ね備えたパフォーマンスコンサルタントとしても活躍する。

[取材・文]=田邉泰子

ネット上の“足跡”をどう活かす

皆さんも、Google の人事戦略におけるデータ活用の事例は、ご存知だろう。同社は、たとえばマネジャーの価値を定量化し、優れたマネジャーはチームのパフォーマンスだけでなく、従業員のエンゲージメントやリテンション、生産性にもポジティブな影響を与えていることを見いだした。もともと創業期のGoogleは、「優秀なメンバーがそろう組織にマネジメントは不要」と、中間管理職のポジションを廃止した時期があるが、データによりマネジャーの価値が明らかになったことで、マネジャー教育と優秀なマネジャーを称賛するしくみを手厚くしたのだ。

この事例のように、人事戦略におけるデータ活用は、もはや欠かせないものになりつつある。私が今年訳出した、英国のコンサルタント、バーナード・マー著の『データ・ドリブン人事戦略』(日本能率協会マネジメントセンター刊)でも、“データ・ドリブン”、つまり、データ志向の人事戦略の重要性が説かれている。

マーがそう主張する背景には、当然ながらIT の発達がある。私たちは日常、メールにビジネスチャット、オフィスへの入退室や勤怠の記録、Webサイトの閲覧にSNSの投稿やリアクションなど、無数の“足跡”を残している。またセンシングデバイスを身につければ、1日の活動量や行動範囲、だれとどれだけ直接コミュニケーションをとったかなども知ることができる。これはもちろん社内に限った話ではなく、いまは世界のありとあらゆるもののデータを取ることが可能になりつつあるのだ。

これまで人事の世界は“人”志向の傾向が強かった。データといっても、せいぜい人事評価やサーベイの結果、ラーニング状況など、それぞれを単独で見ていたにすぎない。しかし、“足跡”も含めたデータを組み合わせてアナリティクス(分析)とメトリクス(測定基準となる指標データ)を使って、これまでにない考察を繰り広げていこうというのが、“データ・ドリブン人事戦略”である。

これからの人事の役割は

ビジネス全体のデジタル化、自動化は、人事の実務にも影響を与えている。たとえば労務管理や人事上の事務手続きなどは、RPAが得意とする分野だ。これまで人事はいわゆる事務作業に時間を割いてきた側面があるが、すっぽり丸ごと機械化されるときがもうそこまで迫ってきている。

さらに、タレント情報をデジタルデータでもつようになったことで、管理をフロントラインに任せられるようになった。実際にマイクロソフトでは、四半期ごとに個人が習得したスキルや経験を「現場」でデータ入力し、担当業務に求められる要件の見直しを行っているという。タレントマネジメントやパフォーマンスマネジメントは人事主体から現場主体へと移るのも時間の問題だろう。

だが、テクノロジーにより人事の仕事が“無くなる”ことはないはずだ。業務をつぶさに見ていけば、機械に取って代わられるものは存在するだろうが、人事そのものが、人の手から離れることはあり得ない。なぜなら、データが示す事実は全体的な傾向にすぎず、その吟味と検証は人の知性を必要とするものだからである。

ただし、人事に求められる素養は大きく変わるといえるだろう。これから必要なのは、データから浮かび上がる兆候や予測をベースに、組織の目指す姿に基づき施策を組み立て、課題になりそうなことに先手を打つことである。調査会社から送られてきたサーベイの結果をそのまま現場に流したり、勃発した問題の火消しに走ったりと、すでに起こったことに対応する人事では、組織全体が時代から取り残されてしまう。

日本の人事に足りないもの

日本は世界と比べても、データ・ドリブン人事が進んでいるとはいえない。私は、その理由の1つは、日本企業の多くが抱える“データ以前の問題”にあると考えている。それは、情報の組み合わせや考察の仕方などのフレーム自体が確立されていないということだ。たとえばタレントマネジメントひとつとっても、本来ならばそこには複数の観点が存在する(図1)。だが、日本企業、そして日本の人事にはクロスオーバーに統合的に「人事」をとらえる発想が圧倒的に足りず、図のように隣り合う観点の関連性や対角にある施策との整合などを考慮できていないのだ。ひとつの観点や自分たちの業務にしか目がいかない傾向にあるので、考察の精度がなかなか深まらない。

だが、データ・ドリブンな世界ではそれではいけないということが、『データ・ドリブン人事戦略』から理解できる。本書では、輸送会社大手のUPSの事例も取り上げている。同社では配送車両に取り付けた200以上のセンサーとドライバーが持ち歩く端末を用いて、パフォーマンスを解析。走行経路やUターンの回数まで細かく計測し、これらの結果からドアロックの仕様変更を導いた。さらにフィードバックやトレーニングを重ねることで、年間で850万ガロンの燃料と8,500万マイルの走行距離の削減に成功した。一方、ドライバー一人あたりの平均配送数は1.2倍となり、収入は1990年代半ばの約2倍になったという。

この事例からは、現場の働くプロセスにまで人事がかかわることの必要性がうかがえる。逆に言えば、現場のパフォーマンスを無視したところで、人事が事業成長に役立つ提案などできるはずがないのだ。

そしてもうひとつ、日本の人事に足りないことは、タレントや組織活性化、採用など、メトリクス設定にもつながるあらゆることの“定義化”である。何をもって組織や個人がパフォーマンスを発揮している状態といえるのか、採用に至る“優秀な人材”とは具体的にどのようなスキルや志向、コンピテンシーが備わっている人材なのかをクリアにすること、これができていない人事は多い。

連続性のあるデータの取得を

こうしたことを整理してはじめてどのようなデータや分析が必要になるか、あるいは何の数値が判断の指標になるかが見えてくるのだ。もちろん、それぞれの部署やチームにどのようなデータがそろっているかを確認しておくことも必要だ。データの所在を把握して、クロスオーバーさせるのである。

それからデータ取得の頻度も意識したい。マーは、1年に一度程度のエンゲージメントサーベイでは、情報の鮮度も信頼性も乏しいと指摘するたとえばメールやSlack(メッセージやファイル共有のやり取りなどが行えるコミュニケーションツール)のデータからエンゲージメントを測ることは可能なはずで、むしろサーベイ以上に率直な結果が見られる可能性もある。仮にデジタルツールを使わずにコミュニケーションを図る組織であるならば、エンゲージメントと密接な関係にある連続性のある情報を、別の形で取得することを検討する必要があるだろう。もちろん、分析の精度を上げるには、一定量のデータが必要だ。データ・ドリブンには準備期間を要することも、頭の片隅に入れておくべきだろう。

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