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Learning Design 2018年09月刊

気づきのエンタ ART 日本美術家列伝〜江戸時代篇 写生絵で人々の心をつかんだ絵師・円山応挙(まるやまおうきょ)

人材開発担当者にご紹介したいエンタメ情報です。
仕事の合間の息抜きにぜひ!

矢島 新(やじま あらた)氏
跡見学園女子大学教授。東京大学大学院博士課程中途退学。渋谷区立松涛美術館学芸員を経て現職。専門は近世を中心とする日本宗教美術史。
著書に『日本の素朴絵』(ピエ・ブックス)、『マンガでわかる「日本絵画」の見かた』(誠文堂新光社)など。

商品として売れる絵をコンスタントに描いたという意味で、円山応挙はプロ中のプロと言うべき絵師である。少年期に京都に奉公に出され苦労した応挙は、得意な絵で身を立てることに強いこだわりがあったと思われる。

18世紀後半の京都は、前回ご紹介した伊藤若冲をはじめ、池大雅(いけのたいが)や与謝蕪村など有名絵師を輩出した絵画の黄金時代であったが、ハングリー精神で精進を重ねた応挙は、一番の人気絵師にのし上がった。成功の秘訣は「写生」である。

応挙が若き日に奉公していた玩具屋は、公家からも御用を承るような高級店だったが、店が扱う珍奇な商品に「覗き眼鏡」があった。西洋由来の一点透視図法(遠近法)で描かれた絵(眼鏡絵)を、レンズを通して覗かせ、現実の光景のように見せる客寄せの道具である。小さな箱の中に広大な光景が展開するのを見た観客の驚きは、初めてテレビを見た昭和の人々の驚きに近かっただろう。

若き日にそうした写実的な眼鏡絵を手がけ、人々が驚く様を目の当たりにした応挙は、本物そっくりに見えるリアリズムの力を痛感し、進むべき道を確信したに違いない。江戸時代中期になると海外からの情報がもたらされ、遠近法や陰影法などのリアリズムの技法が知られるようになったが、そうした最新技法を取り入れいち早く商品化したのが応挙だった。

分かりやすさが人気の秘密

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