J.H.倶楽部

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Learning Design 2018年09月刊

連載 私らしく生きる 第2回 2018年 ピン芸人NO.1 濱田 祐太郎 氏 頑固でもひねくれ者でもいい やるべきことは自分で考えて決める

「吉本に入ったら、ますます先が見えなくなりました」――2018年、ピン芸人のナンバー1を決めるR-1ぐらんぷりで王者に輝いたのは、盲目の漫談家だった。日常の出来事を取り入れたネタと、堂々たる話しぶりで観衆を引き付ける濱田祐太郎氏に、お笑いへの想いを聞いた。

濱田 祐太郎(はまだ ゆうたろう)氏
1989年神戸生まれ。兵庫県立視覚特別支援学校卒業後、2012年4月に大阪NSC35期生として入学。
2013年4月に漫談家としてデビュー。2018年R-1ぐらんぷりで優勝し、注目を浴びる。
現在はメディア出演のほか、所属している「よしもと漫才劇場」(大阪・難波)等でライブを行う。

[写真]=野瀬勝一

─ 濱田さんは、22歳でNSC(吉本総合芸能学院)に入学されました。なぜ、お笑いの道に進もうと思ったのですか。

濱田 祐太郎氏(以下、敬称略)

小学6年生の時に漫才にはまり、その時から将来は芸人になりたいと漠然と思っていました。本気で芸人になる覚悟ができたのはNSC の願書を出したときですね。子どもの頃からずっと言い続けていたので、親も「そうなんや、やりたいなら一度やってみたら」という感じで、反対されることもありませんでした。

先天性緑内障のため生まれたときから目は見えませんが、それが理由で芸人になることをためらうことはありませんでした。舞台上ではハンデになることはあるかもしれませんが、それを不安に感じることはないですね。舞台に立つよりも、現場や劇場にどうやって行ったらいいのか、というほうが不安です(笑)。

─ ネタには、盲学校になぜか黒板があった話や、駅のホームで濱田さんを誘導してくれた優しい男性が恋人つなぎをしてきた話など、ご自身の経験がふんだんに盛り込まれています。

濱田

昔からトークバラエティなどを聞いていて、実体験で笑いが起こっている感じがすごく好きだったんです。だから目が見えていないことで感じたことや、体験したことをネタにすることが多いですね。ただし、大半の人は、見えないっていうことが想像できないと思うんです。だから、なるべく分かりやすく話すというのは意識しています。

僕のネタに対して面白いと思ってもらえるか、笑いにくいと思われるかは、お客さん次第です。受け取る個人によって違うので、そこはしょうがないと思っています。僕は、自分が面白いなって思ったことをしゃべるだけです。

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