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Learning Design 2018年07月刊

連載 私らしく生きる 第1回 畠山愛理氏 ムードメーカーが私の役割 つらくても笑顔を絶やさない

「フェアリージャパン」の愛称で知られる新体操日本代表のメンバーとして、ロンドンとリオデジャネイロ五輪に出場した畠山愛理氏。現役引退後もスポーツキャスターや新体操の指導者など、様々なフィールドで活躍し続けている畠山氏が考える自分らしさとは。

畠山愛理(はたけやま あいり)氏

1994年、東京都生まれ。6歳から新体操をはじめ、中学3年生の時にフェアリージャパンオーディションに合格。17歳の時、ロンドン五輪団体7位入賞。2015年世界新体操選手権では団体種目別リボンで日本にとって40年ぶりとなる銅メダルを獲得。2016年リオデジャネイロ五輪後に現役を引退し、現在は新体操の指導、講演、メディア出演など幅広く活躍。「サンデースポーツ2020」(NHK)などに出演中。

[取材・文]=谷口梨花 [写真]=野瀬勝一

── 畠山さんは小学1年生で新体操を始め、22歳で引退されるまで、数多くの実績を残されました。なぜ新体操にそれほど情熱を傾けることができたのでしょう。

畠山愛理氏(以下、敬称略)

中3の時、日本代表入りが決まった3日後にロシアに飛び、その年の半分以上はロシアで合宿生活を送ったんです。実はこの合宿が、私に新体操の新たな魅力を気づかせてくれました。

日本ではミスしないことを特に求められてきたのですが、ロシアでは正確に踊るだけではダメで、観客にどれくらい感情を伝えられるかが大事だと指導されたんです。「あなたたちは女優よ」「親が死んでもマットの上では笑っていなさい」などと言われてはじめは戸惑いましたが、悲しい曲で見ている人が涙を流したり、楽しく踊っている時に自然と拍手が湧き起こったりするのが新体操の魅力なのだと気づきました。それから、ますます新体操に夢中になりましたね。

── 厳しい練習を経て、2012年ロンドン五輪に出場。その後、フェアリージャパンのキャプテンも務めました。

畠山

キャプテンになった当時は、五輪経験者としてチームを引っ張らなければという意識が強すぎたあまり、自分を見失ったこともありました。結局2年務めて、リオ五輪の前にキャプテンを交代したのですが、この経験は自分を成長させてくれましたね。リーダーだけに頼るのではなく、一人ひとりがチームにおける自分の役割を意識して行動することの大切さを実感し、どうすれば私はこのチームにとって必要な存在になれるのか、真剣に考えたんです。

── 仲間であるだけでなく、お互いライバル関係でもあります。バランスが求められるチームの中で、畠山さんはどのような存在だったのでしょうか。

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