OPINION2 失敗を前向きに捉える脳の働き 失敗を成功のもとにできるのは「自己決定感」の存在 松元健二氏 玉川大学 脳科学研究所 教授
「失敗は成功のもと」のことわざどおり、失敗してもくじけずに、その経験を成功の糧とするには、どんな要素が必要なのだろうか。
失敗をポジティブに捉える脳の働きを研究によって明らかにした、玉川大学脳科学研究所教授の松元健二氏に聞いた。
[取材・文]=増田忠英 [写真]=松元健二氏提供
「自己決定感」が内発的動機づけを高める
現在のように企業を取り巻く環境が目まぐるしく変化し、先が見通せない状況では、既存のやり方に捉われず、常に新たな領域への挑戦が求められる。そのためには、失敗を前向きに捉え、経験を次に活かすことが重要だ。しかし現実には、失敗を次に活かせる場合もあれば、活かせない場合もある。違いはどこにあるのだろうか。
その答えを、脳活動の研究を通じて明らかにしたのが、玉川大学脳科学研究所教授の松元健二氏が責任者を務めた研究グループだ。研究の背景にあったのは、アメリカの心理学者であるエドワード・デシとリチャード・ライアンが提唱した「自己決定理論」である。
「自己決定理論では、自ら選択した感覚である『自己決定感』が、やる気や成績、そして主観的なウェルビーイングを高めることが示されています」(松元氏、以下同)
自己決定理論の基になったのは、2つのグループに分かれて立体パズルを組み立てる実験である。これはいろいろな形をしたブロックを組み合わせて図示された形を作るものだ。グループ1の人たちには6問中3問を選んで解いてもらい、グループ2の人たちには、グループ1の人が選んだものと同じ3問をすべて解いてもらうようにした。どちらも解くパズルは同じだが、グループ1は問題を選択でき、グループ2は問題を選択できないという違いを設けたのである。両グループのパズルに費やした平均時間を比べたところ、グループ1は259.4秒、グループ2は164.9秒と大きな差が開いた。
「同じ問題でも、問題を選べた方が、問題を選べない方よりもパズルを解くために長時間頑張ることができたということです。この結果から、自己決定感が課題に取り組む内発的動機づけを高めるという解釈が示されました」
内発的動機づけについて、松元氏は次のように説明する。
「動機づけとは、簡単にいえば『やる気』であり、ある目標のために行動を起こしたり、行動を維持したりする過程のことです。その目標が課題に取り組むこと自体であれば『内発的動機づけ』であり、目標が外的報酬を獲得することであれば『外発的動機づけ』になります。金銭などの報酬を伴う外発的動機づけに対して、内発的動機づけは報酬を伴わず、『ただ純粋にやりたいからやっている』といった動機づけのことです」
自己決定感の有無による脳活動の違いを実験で解明
自己決定感が内発的動機づけを高める脳の神経基盤を明らかにするため、松元氏らの研究グループは、自己決定感の高い条件と低い条件を設定し、課題に取り組んでいる最中の脳活動をMRI(磁気共鳴画像撮影法)で調べる実験を行った。
先の立体パズルの実験では、自己決定感の高い条件であるグループ1と低い条件であるグループ2は、それぞれ異なる被験者によって行われたが、課題に対する適性は人によって差がある。そこで松元氏らの実験では、同じ被験者に両方の条件で課題に取り組んでもらい、より正確に比較できるようにした。